DQN返し

    226: プリンはのみものです。 2008/10/24(金) 02:01:27

    ウチのトメ、私の父親が前立腺がんになった時に
    病室まで無理やり押し掛けて「余命先刻は?」「転移もあるんでしょうねえ」
    「(亡くなられても)安心してください、家屋の整理なんかはこちらでやりますので~(笑)」と
    散々やってくれた。言われた時は父と二人でぽかんとしちゃて、反論もできなかった。
    微妙な部位の癌だし、お見舞いも断ってたのに。
    父は幸い治療に成功して数日の入院ですみ、転移もなく現在は元気に暮らしてる。
    夫はあとで事情を聞いて父に土下座してくれたし、〆てくれたけど
    トメはお見舞いに行って何が悪い! の一点張り。
    が、この恨みをいつか晴らしてやるとずっと思ってた。
    しばらく前、トメに癌が見つかった。
    本人は癌って知らないけど、転移もあるっぽい。
    とはいえ老人で病気の進行が遅いので、急にタヒぬようなことはないみたいだけど、
    詳しいことは義父しか知らない。
    で、お見舞いと称して入院中のトメのところに突撃。
    笑顔で「トメさん癌ですってねー、転移もしてるみたいで大変ですねー。
    ウチの父は転移してなかったけど、トメさんは肝臓がダメらしいですよ。
    肝臓癌って治らないっていいますもんねえ。
    あと半年もったらいいですねえ」
    とかましてきた。トメ、真っ白になってた。

    トメ、病院でパニック起してるらしいがあとは知らん。

    847:プリンはのみものです。2009/01/19(月) 18:20:12

    一昨年の私の父が亡くなって初めての正月に、
    今年は義実家に行かずに、父の位牌とともに年越しをしたいと
    私&息子の願いで義実家詣でをしなかったとき、
    トメから絶叫のような声で
    「おとうさん(義父・5年前にタヒ亡)の仏壇に手も合わせないなんて!なんて嫁!
    おまえなんか嫁とも孫とも思わないわ、タヒんじまえ!」という
    たいへんありがたいお言葉をいただいた。
    翌年、嫌々ながら元日の朝に行ったとき、
    近居のコトメちゃん(仲良し)夫婦の家に
    「何をしてるの!本家はこっちなんだからそっちの仏壇より先に
    こっちに参るべきでしょう!!
    それができないんなら、仏壇なんか捨ててしまいなさい!
    いらない人が入ってるだけなんだから!」とダブスタしたトメ。
    (コトメちゃん、ウトさんを亡くした良トメさんと同居。
    もちろん、うちのトメとの血縁関係は無いし、
    トメはウトの転勤にくっついて今の土地に来たんで、
    別に本家も分家もヘッタクレもない。)
    コトメちゃんブチギレ。
    かわいいコトメちゃん泣かされた私もぶっ切れた。

    29: プリンはのみものです。 2013/01/29(火) 23:43:28.45 0
    書く。
    義理の父が立てなくなり入院。
    転倒して腰を打つも、周りの病院行けコールを頑なに無視して数ヶ月、
    ついにある朝全く動けなくなり緊急搬送。
    救急車は呼びたくないそうで、
    無職で普免を持つ唯一の人間として長男の嫁の私が埼玉から栃木へ朝6時に出動。
    紆余曲折あり入院、動けずとも口は達者な為要求が出るわ出るわ。
    面白い歴史小説、携帯テレビ、ラジオ、その他生活用品一式を全て新品で買い揃えて来いと。
    半日かけて揃えて持って行った所、「パナソニックじゃなきゃ嫌、
    パジャマの色が嫌、歯ブラシのコップは取っ手がなきゃ嫌以下略」と怒られてしまい、
    持って帰れと言われたので謝罪して持って帰る事に。

    何時間かして義理父から電話があり、「いつになったら持って来るんだ」と催促。
    「いや、別に買い直して持っていくつもりは微塵もないですよ??」とお伝えして切って着拒にした。
    義理の母から電話で連絡と報告があって、今後も長い世話あるしこっち住んでと言われた。
    「えー私がそこまで尽くす良嫁ってイメージあるー?それどこ情報?どこ情報よー」して切った。
    新品のテレビとラジオとパジャマは旦那が使うって喜んでた。
    終了。

    24: プリンはのみものです。 2008/05/06(火) 14:32:52

    姉がやらかしたDQN返し。

    何度こっちの都合も考慮してくれ、と訴えても
    自分の姉妹を嫁の都合無視で宿泊させる姉夫とその親。
    (姉夫両親はアパートで別居だが、姉夫姉妹と一緒に泊り込む)
    当然姉ウトメコトメは姉のうちに着くなりビールがぶがぶ、根が生えたように動かない。
    姉が仕事が忙しかろうが、夫婦旅行の予約を入れていようが
    何年に一度かの友人が帰国するのでに会う予定を立てていようが

    すべて姉夫一家の予定優先。

    もちろん姉夫のもてなしの手伝いなし。

    今回は「連休中、親とねーちゃん達泊めるから」という姉夫に

    姉は「あそ。別にいいけど」と返したそうな。
    いつもなら「なんで勝手に決めるの!」とバトルに突入してるらしいが。

    姉夫家族が来る日の昼過ぎ、姉宅に行った私といっしょに
    「それじゃ連休明けまでがんばってねー」と姉は家を後にした。
    「旅行支度でどこ行くんだ」と怪訝な姉夫に
    「妹とハワイ。連休中の義家族の世話嫌だから。7日に帰るからよろしく」
    と言い切って、迎えに行った私の車に颯爽と乗り込んだ。

    302:プリンはのみものです。2006/08/10(木) 09:07:07
    アレルギーに対して「昔はそんなものはなかった」と言うのがお決まりのトメ。

    トマトを生のまま食べると痒くなって仕方がないので火を通していたら
    「何でもかんでもアレルギーアレルギーって。親の教育が悪いからそうなるんだ」
    と私の親のことまで言い出したので言ってしまった。

    「そういえば、昔は糖尿病は贅沢病と言われていましたよね。 トメさん、贅沢病なんかになって恥ずかしくないんですか?」と。

    「人が病気で苦しんでいるのに、その言い草はなんだ」と怒り出したので
    「医者の言うことを聞かずに、朝から晩まで食べ続けているのが苦しいんですか?」と言ってやったら
    「お父さんに言いつけるから」と。
    「どうぞ、私も親の教育が悪いからアレルギーになったとトメさんに言われたことを近所にも親戚にも、もちろん私の親にも言いますから」
    あれから3ヶ月。 アレルギーのことは言われていません。

    443 :プリンはのみものです。 2014/04/22(火) 17:48:47 ID:YmemjRRy2
    私の復讐

    私には3つ年上の姉がいる。すごく優しくて大好きだ。
    私はいわゆる腐女子というやつで、父母は私を軽蔑しているが、姉は違った。
    虐められても友人とともに助けてくれたので姉には頭が上がらない。
    ある日、姉は彼氏を連れてきた。芸能人で言えば斉藤工にそっくり。20歳超えても彼氏できてなかったから安心したよ。
    この彼氏がドクズだった。姉は付き合って一週間で彼氏を連れてきたんだが、私に心移りしてしまった。
    私は姉の彼氏には全く興味無かったし、何よりも姉という彼女がいながら言い寄ってくるのが気持ち悪かった。

    姉彼「妹ちゃんの方が断然好みだわ。胸は姉ちゃんの方がでかいけど付き合うんだったら妹ちゃんだな」

    私「私は2次元にしか興味が無いので無理です」

    姉彼「いいよいいよそれくらい!大目に見るって!」

    私「ふざけんなよ。姉のことはどうするんだよ」

    姉彼「あ~別れる別れるw先に妹ちゃんに出会ってたらなぁ。姉ちゃん、おっとりていて刺激がないんだよね」

    ↑姉がトイレで席を外した数分の間で交わされた会話です。心底ムカついてトイレから帰ってきた姉に起こった出来事をぶちまけてやった。
    姉はしばらく呆けた後、「出てって」と低い声で言った。姉彼は姉の言葉をスルーして、「妹ちゃんアド教えてよw」とか言いやがった。
    涙腺が弱い姉はすでに号泣しており、私はほうきを使って姉彼を叩き出した。別れのメールを送り、別れた。

    223:プリンはのみものです。2006/05/05(金) 21:39:30 ID:6yxrW/2kO

    会社車と個人車の駐車スペースを2台分月極で借りてるけど、
    会社車用スペースは普段全然使わないから、いつしか馬鹿女子大生が無断で駐めだした

    3月27日から長期赴任に行く事になったので、
    26日に馬鹿女子大生の車が出れない様に横向きに駐車

    で、今日久しぶりに家に帰るんだが、どうなってるのか非常に楽しみだ

    796:1/22008/01/27(日) 20:38:49

    夕食作ってる最中に
    アポなしで来ては勝手に夕食を食べて
    「アンタいつになったら○家の味覚えるの?
    こんなもの食べさせられて
    息子がかわいそう!」
    とうるさいトメ
    (その他にもテンプレ通りのイヤミ・イヤガラセ)。

    おとといまた来て
    テーブルの上にある料理を食べて
    「またこんな味付けして!
    いい加減○家の味を覚えなさい!
    ホントにダメ嫁ね!」と言う。

    すると
    「私の料理そんなにマズかったかね?
    それに○家の味なんて
    聞いた事も無いけどね~」
    と大トメ参上。

    私は大トメと仲がよく
    (パソコン使い始めた大トメに
    教えてと頼まれたのがキッカケ)
    この日は大トメが遊びに来て、
    夕食の準備を手伝ってくれていた。
    「トメ子さん、
    私の料理が○家の味じゃないなら、
    一体何が○家の料理か教えてくれない?」
    とトメに詰め寄る大トメ。
    元々大トメが苦手なトメ、
    驚きと困惑で何も答えられず。
    その時ちょうど旦那帰宅。

    続きます。

    908:12009/12/21(月) 03:56:35ID:Zpnicx6P0

    五年前のプチ修羅場。
    というより自分もかなり基地外です。

    私子…私(当時17歳)
    好男…当時好きだった友達(当時21歳)
    友子…仲の良かった女友達(当時22歳)
    友友…友子の友達、友子を通じて私も仲良くなった。


    私子と好男と友子はバイト先が同じで、凄く仲良しだった。
    バイトが終われば、やれボーリングだやれカラオケだやれ宅飲みだと毎日のように遊んでいた。
    バイトがない日も同様に。
    そんな中、私は好男の優しい所や思いやりのある所に惹かれて好きになってしまった…。
    告白したいと思う反面今の仲を壊したくないとも思い、悩んだ挙句友子に相談した。
    それが10月中旬位の話。
    友子は応援してくれた。

    好男に告白する私子、
    「付き合って下さい」
    「ごめん…友達としてしか見られない」と言われ、振られた私子。
    振られたものの3人の中は変わらず、毎日のように遊んでいた。
    でも私子はやっぱり好男が好きで諦められなかった。
    そんな中、2月にバイトを辞めることになった私子。
    思い切って2回目の告白に挑んだ。
    結果は1回目と同じ理由で玉砕。
    慰めてくれる友子。
    でバイトを辞めたこともあり、あまり好男とは遊ばなくなった。
    だけど距離を置いてもやっぱり好男のことが忘れられない私子は良く友子に相談していた。
    私子は友子のことを信頼していたし大親友だと思っていた。

    254 :プリンはのみものです。 2008/03/12(水) 00:10:01 0
    先人の知恵に倣って、DQ返ししてきました。
    電気のスイッチをびよんびよんの紐に変え、スイッチ式の奴は押し込んだまま接着剤でとめ。
    風呂場には増えるワカメ、台所の鍋は焦げたものと交換。
    洗濯機には洗剤二箱と柔軟剤一本。香しいなんてもんじゃないね。
    テレビとビデオ、パソコンのコンセントを抜いて床下に隠して、
    全部のリモコンの電池を回収。
    下駄箱の中の靴すべてに、たっぷりと水を含ませた中敷を入れてきた。

    私の財布から有り金全部抜いた挙句、夫婦の共同預金まで使い込んで
    旅行に行ったトメコトメと馬鹿旦那め。
    「面倒みてあげてねw」とパラヒキコウト置いていきやがって。
    とりあえず離婚届を写メで送ったけど、笑い飛ばされたから実力行使した。