プリンはのみものです。|にちゃん生活まとめ

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    跡継ぎ

    707: プリンはのみものです。 22/09/28(水) 11:05:58 ID:Ue.oy.L1
    義父の会社に入社してしまったせいで離婚になる。
    妻だけが大反対しているがもうどうしようも無い。

    義父が経営している会社は、俺が勤めていた会社と同業。妻も会社は異なるが同業他社に勤務していた。
    義父は、自分ももう歳だし(70代、妻は歳を取ってから生まれた子になる)、いずれは俺と妻に経営を譲りたい。
    後何年現役で動けるか分からないから、まだ自分が元気な内にわが社に来て貰い、会社の事を引き継いでいきたい、と言われた。

    つまりは次期経営者が約束されており、義父の会社規模もそこそこで、一見すると良い話。
    実際妻は大賛成していたが、俺は話に乗り気では無かった。
    義父の会社なので本当に次期経営者として後を継げるのか、という不安もあったが
    その時既に妻は妊娠しており、今後も色々と物入りになるという時期だったので、転職はしたくなかった。

    しかし、妻の猛プッシュと、産休・育休後は妻も今の会社を退職し義父の会社に転職したい、子供の事も色々都合がきくから、という希望
    義父からの「現職の年収と同程度は保証する」(月の手取りだと40万程度、年収だと700万ほど、ボーナスの割合が高めだった)
    という言葉を最終的には信じる事で、退職し義父の会社に転職した。


    義父の会社で働き始め、初めての給料明細をもらった時に愕然とした。
    21万ちょっとだった。しかも手取りでは無く額面。自分が新卒の頃より低い給料だった。
    妻も知らなかったらしく、ショックを受けて悲鳴を上げていた。

    当然「どういう事だ?」と妻と共に義父に詰め寄ったのだが、義父は
    「○○美(嫁)が『ウチのは安月給だけど私のやり繰りで何とか頑張ってる』とよく愚痴っていたからこの程度で十分だと思った」
    「これでも色をつけてやっている、新人なら初めは20万も無い所からスタートしている」
    「同業他社だがわが社での勤務実績は無いので新人と同等のスタートは当然だろう」
    「親族だからと贔屓したら他社員が不満に思うので当然。身内採用だからって甘えるな」
    などとこちらからすれば理不尽としか言いようが無い事を言ってきたので、揉めに揉めた挙げ句に退職。
    本当は入社前に書面なども交わしたかったが、妻が義父を疑うのかという態度を取って少し喧嘩になったので
    躊躇してしまった事を本当に後悔している。

    妻はその後、義父には絶縁宣言をしたらしい。

    341: プリンはのみものです。 2022/06/17(金) 12:21:07.50 ID:gZmCu5Cw0
    現在地元の田舎住み
    俺41 年手取り650万円くらい

    俺の実母が亡くなったタイミングで、義父母から家業(農業)を継ぐように打診されて、
    義父母も実父母のように助けてあげたいと退職
    現在、時給900円で認定新規就農者になるために知人の農家で修行中

    439 :プリンはのみものです。 2004/10/23(土) 17:43:00 ID:AEJAXeYE
    個人医院勤務です。
    最近院長の娘さんが跡継ぎとして入職しました。
    小児科医として最高の資質を持ってるというか、とにかく優しくて穏やか。
    白衣の変わりにアニメ柄のエプロン着用、看護士も白衣をピンクやモスグリーンに移行、
    診察室にポスターを貼り、ぬいぐるみや花を飾り恐怖感を出来るだけ失くし、
    おりこうさんにしてたごほうびにと、帰りに飴を一つ。
    夜中だろうが朝だろうが昼休みだろうが往診もするし
    小さいぬいぐるみをもってあやしながら診察して、患者さんからの評判も最高。
    眠りかけの猫似のおっとり系お嬢様で、職員にも気配りを忘れない良い人です。

    ある日どっかの団体の人が
    「日本人は働きすぎ!休まなければいけません!」とロビーで騒ぎ始めました。
    なんかゆとりがどうのこうのと言って、
    「土曜日も仕事してるなんて、週休二日が当たり前の世の中になってるのに」
    「労働者のプライベートなくつろぎの時間を削り、家庭生活の崩壊を招く」
    「少年犯罪が増えてるのも親が子と過ごす時間が減っているからで、
    過酷な労働条件を強制する事で、犯罪の増加に加担している」
    と、ゆんゆんな事を熱弁。
    20人くらいの観衆(患者さんと保護者)がいる事が余計活気づけた様です。
    仕事の邪魔だからと帰ってもらおうとしたのですが、院長に話をさせてくれの一点張り。
    その日院長は学会でいらっしゃらなかったので、副院長が登場。
    お嬢の副院長じゃ太刀打ちできまいと踏んだ怖めの師長が駆けつけたのですが
    なんと鮮やかに撃退してくれました。

    44 :プリンはのみものです。 2018/09/16(日) 15:44:01 ID:DPg
    夫は農家の次男坊で、地元を遠く離れている。
    義兄夫婦が田んぼ等の後を継ぐべく義父母と同居していたが一昨年義兄が事故で急タヒ。
    義兄の奥さんと子供たちは一周忌後、家を出て奥さんの地元に引っ越して行った。
    その為、義父母から夫に対し、地元に帰って義兄に代わっておまえが家を継げと言ってきている。
    ちなみに夫52歳、私48歳、子供は大学生の長男と高校生の長女のふたりだが
    長男にもいずれ継ぐのだから来いと言っている。
    人の人生を何だと思ってるんだろう。
    当然断ってくれると思ったが、何度も何度も何度も何度も説得されてその気になったみたいだ。
    私は最初から一貫してNOと言っている。
    理由は今の仕事が好きで定年まで勤め上げたいと思っていること。
    好きなだけでなく、それなりの収入も得ており、これを手放す気はないこと。
    仕事関係、趣味関係だけでなく、古い友人もおり、今の生活で充実していること。
    せっかく大切にしてきた人間関係があるのに、この年から知らない土地へ行って
    一から築いていくことに不安しかないし、魅力も感じない。
    長男も長女も同意見。彼らなりにこれまで目標を持って勉強してきたわけだし。
    夫だけが「世帯主は俺だ。最終決定権は俺にある」と言い
    更に「家族は一緒にいてこそ家族」と言うので「だったら断って」と言ったら
    「だから!決定権は俺にあるんだ!」だって。
    ここ数週間、子供たちにもシカトされてる状態の夫、相当ストレス溜まってるみたいだったので
    冷静になってくれるのを待っていたらやっぱり地元に帰ると決めたらしい。
    農家とはそういうものなんだって。
    先祖代々の田んぼを守っていくのが農家の宿命、農家に嫁いだ女の宿命だって。
    いやいや、私、農家に嫁いだつもりはない。
    だったらひとりでお帰り下さい、離婚しますと告げた。
    最初に義父から話があった時から漠然と考えていたこと。
    どうしても拒否できないなら離婚しかないなって思ってた。
    そうならなければいいな、ちゃんと話して断ってくれるといいなと思ってたがダメだった。
    子供たちも行かないと言っている。
    夫のことを愛していなかったわけではない。それなりに仲の良い夫婦、仲の良い家族だったはず。
    でもこんなこと、夫と義親の一存で一方的に決められたらたまったもんじゃない。
    できることなら夫が考え直してくれるのが理想なんだけど、無理っぽいなー。


    296: プリンはのみものです。 投稿日:2014/03/26(水) 19:26:06.93
    兄貴の嫁さん
    結婚当時に兄貴が家を継ぐ筈だったのをさんざんゴネ倒して、農家入りと両親の世話から逃げた
    それにキレたうちの親父が、兄貴の了承を得て俺に不動産関係すべて生前贈与
    贈与税の支払いは相当苦しかったが何とかして俺も結婚
    不動産受け取りの代償は親の老後だが、これは嫁さんも了承済みで頑張った

    昨年夏に母が、年末に父が相次いで急な病タヒ
    父の葬式のあとで兄嫁がはっちゃけた
    遺産は等分よねとか言うんで、名義変更時に取った書類を見せておめーの取り分ねーから!でバッサリ
    貯金とかは半分にする事で兄貴と納得済みだったんだが、ここでも更に噛み付いてきた
    要は家土地貰ってるんだから貯金とか資産は全額譲れだそうな、アホかと
    老後の世話も一切せず、農家の手伝いもなし、結婚式と新婚旅行の費用は全額出させておいてまだ寄越せだって
    こちらのおすそ分けをオクで流してるのも兄貴から聞いてる
    兄嫁の実家にも送るって話で大量に持っていったのも転売済み
    農家pgrされた上にこれでどうやってこちらが友好的になるというのか
    図々しいにも程がある

    562 :プリンはのみものです。 2017/02/19(日) 20:00:04 ID:asr
    母親から逃げるために、弟と妹を生け贄にしたこと。

    うちは両親がちょっと特殊な仕事をしていて、私は「どちらかの跡取り」になることを義務づけられていた。
    物心つく前から「将来は◎◎か、△△になるのよ」と言われて育ち、そのための英才教育を徹底的に仕込まれた。
    読書以外の娯楽は一切禁止で、友達と遊ぶ事も許されなかった。
    幼稚園から帰るのが嫌で「家に帰りたくない、ずっと幼稚園にいたい」とダダをこねたことを、今でもよく覚えている。

    小学校1年生のときクラスメイトが、
    「妹が生まれてから、両親が妹にかかりっきになった。妹のことばかりで、自分はほったらかしにされている」と言うのを聞いた。
    「弟か妹が生まれれば、両親は私をほったらかしにするかも」とひらめいた私は、帰宅してさっそく両親に「弟か妹がほしい」とねだった。
    両親としても、跡取りは2人(「父方の職業を継ぐ子」と「母方の職業を継ぐ子」)必要なので、いずれは…と思っていたらしい。
    私は両家の祖父母&従兄弟にも働きかけ、「やっぱり一人っ子は…」「兄弟はいたほうが…」と誘導してもらった。
    そして私が小学校3年生のときに弟が、小学校6年生のときに妹が生まれた。

    私の思惑通り母は弟と妹にかかりっきりになった。
    そして私はそれとなく、弟と妹がいかに優秀か、自分よりいかに優れているかを両親と弟妹に刷り込んだ。
    「弟は私より◎◎に向いてると思う」「私なんかより妹のほうが、ずっと△△がうまい」と言い続けていたら、
    いつの間にか弟も妹も本気になり、私が大学受験を迎えるころには「跡継ぎになりたい」と自分から志願するほどになった。
    両親は弟と妹を跡取りにし、私は晴れてお役御免となった。
    「お前には悪いが、お前は跡取りとして認めない。弟妹に継がせるから、お前は自分一人で生きろ」と言われたときの開放感は忘れられない。
    遠方の大学に進学し、そのまま就職して結婚して、今に至る。

    2人とも立派な跡取りになり、「お姉ちゃんが譲ってくれたおかげで、天職に巡り会えた」と喜んでくれている。
    譲ったんじゃなくて押し付けたんだ。巡り会えるように洗脳したんだ。
    自分の人生を守るためにしたこととだから後悔はしてないけど、今でも申し訳なく思っている。

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