生い立ち

    824 :プリンはのみものです。
    俺と嫁は子どもの頃同じ施設にいた
    施設に来る前は、二人とも親からもう少しでタヒんでたくらいの虐待を受けてた
    高卒で就職して二十歳で結婚したが
    家族というものがよく分からなくていつも不安だった
    ある時嫁が妊娠して不安はピークになった
    嫁は虐待の影響でほとんど生理がなくて子どもはできないと思っていた
    それが突然の妊娠で嫁も俺もほとんどパニックになった
    まともな親になんかなれるわけがない、きっと子供を杀殳してしまうと思った
    俺は怖くて最低だがおろしてほしいと嫁に言った
    嫁も怖がっていてそうするしかないよねと言った
    でも嫁は迷っているようだった
    そんな嫁を見ていたら俺もどうして大好きな嫁との間にできた命を消さなきゃならないんだろうと迷いが出てきた
    でも絶対に不幸にする、ひどいことをしてしまう、親と同じになってしまう
    そればかりぐるぐる考えていた
    結論がでないうちに嫁が倒れて病院に運ばれた、切迫流産だった
    俺の会社の社長が病院に来てくれて
    俺は思わず社長に打ち明けた
    自分たちが親になれる人間ではないこと
    でもおろす決断もできないこと
    そしたら社長は、自分が見張ってて親としてもう駄目だと思ったらすぐに子供を引き取って責任をもって育てると言ってくれた
    例えば俺たちが子供を虐待したり、親として失格だったりしたら
    子供を杀殳したりひどい目にあわせたりする前に子供を守ってくれると言った
    言葉だけじゃなくて、社長の奥さんにもちゃんと話してくれた

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    32:プリンはのみものです。2012/11/29(木) 19:51:35.75 0

    一緒に暮らし始めてから半年ぐらいで
    その男に連れられてその男の故郷に引っ越すことになってしまった。

    北海道根室市。
    丁度私が小学校二年から三年に上がる直前の春休みに引っ越した。

    共同の玄関で靴を脱いで各々の部屋へ、トイレは共同のものが外にあり風呂はない、
    という古い造りの木造アパートだった。
    こんな寒い所で冬場に銭湯まで歩くのはイヤだ、となってすぐ引っ越し。
    風呂付き一軒家の借家だったが台所の床が明らかに傾斜していた。

    このへんまでは母のお相手はまあまあ大人しい男だった。
    しかし、地元に戻って飲み歩きを覚えてから雲行きが怪しくなってきた。

    10:プリンはのみものです。2012/11/29(木) 17:46:18.85 0

    思い出せる限りで一番古い記憶は爺さんの葬式だった。

    当時、私は両親と姉の四人で暮らしていて
    列車で30分位離れた所に母方の祖母が住んでいた。

    祖母の家には祖母の他に半分寝たきりみたいな婆さんが住んでいて
    祖母をこき使っていたが祖母は誰にも愚痴一つこぼさずにその婆さんの言うことを聞いていた。

    その婆さんは、祖母の所を訪れた私や姉に
    ことあるごとに『あんたらの婆さんは、爺さんを私から盗った』と話した。
    そんなことを言われても子供に理解できるような話ではないし
    子供の感覚ではそもそも知ったことではないので
    その婆さんは私たち子供にとっても母にとってもうっとうしい存在だった。

    41:プリンはのみものです。2013/04/20(土) 06:57:18.87 0
    少し年の離れた弟が実は腹違いでアンタは私の子じゃないと宣言された挙句、
    短大出たら「家族」だけで暮らすから家も出ていけと母親だと思ってた継母に言われた
    成人式の夜と、その数年後に居眠りで事故やったあと数日前に任意保険が
    切れたと知り、幸い物損のみで済んだとはいえ20代前半独身超薄給で
    600万少々の借金持ちになった瞬間が修羅場かな。