253:プリンはのみものです。2015/03/06(金) 18:49:21.04ID:9CpxAAla
    去年の年末に起きた修羅場ですが、
    職場で知り合った4歳下の24歳の彼女と婚約することになり
    相手の両親は和やかに認めてくれていい人です。
    問題はお姉さんみんな結婚して四姉妹の末っ子のため
    婿養子になってほしいとのことで、
    彼女と一緒に暮らせるなら別居を条件に受け入れました。

    うちの母に報告に行った時、
    「この子はフラフラしてるのに貰ってくれてありがとう。よろしくお願いします」
    みたいな事を母は彼女に笑顔で言ってました。
    それから「お母様、◯◯さんを婿養子にいただくことになります。うちの両親が詳しくお話ししますので」
    って言った瞬間から、母が般若のような物凄い怖い顔になって睨んできて
    それからうちの母が
    なぜか冷静に「彼女ちゃんの親御さんと話さなきゃね」って言った時
    こっちまで血の気が引いた。

    彼女紹介してから彼女に対して
    すごく優しい母だったのに、婿養子になるぐらいで鬼姑に変化するのに恐ろしさを感じた。
    ちなみに父は小学6年の時に事故で亡くなりました。

    221 :プリンはのみものです。 2016/01/09(土) 11:38:24 ID:tRds3/vr.net
    あなたのおかげでお父さんとお母さんは結ばれたのよ
    ~子どもは天使よ~と母から言われて育った。
    ピンクのフリフリ着せられて、可愛いね~って満足そうだったので、好きじゃないっていうのは我慢してた。
    しっかり者で偉いわ~って言われてた。
    色んな場所に連れて行ってもらってた。
    私は幸せな子どもなんだと思ってた。

    反面、小学校入学頃から父の浮気を愚痴られるようになり
    うちの母親は変だよなあと思いながら慰めてた。

    小学校高学年になって
    両親は職場での不倫→私生児回避したい母の策略で父離婚→母と再婚して私出産
    という正しい経緯を知った時が修羅場。

    既婚者を離婚させてすぐに挙式なんてすりゃ、父の兄弟から疎まれて当然。
    社宅だからご近所さんみんな経緯知ってて村八分なのも当然。
    私があちこち連れて行ってもらったのは、母の不倫旅行だった。
    遊んでもらってた色んなおじさんは、母の不倫相手だった。
    (幸い、みんな普通に子ども好きな人だったけど)
    父は浮気ではなく、仕事の接待でキャバ行ってただけだった。

    離婚時に不倫相手が「○○さんを自由にしてやってくれ」と乗り込んできて
    追い詰められた父が不倫相手を刺してしまい、刑務所でお世話になったのも修羅場。

    今は母は一人で寂しく過ごしており
    父は犯罪を犯したため会社をクビになったが、人望はあったので小さな会社を立ち上げ
    私はその後も色々あって人間不信・結婚不信に陥ったけど、なんとか結婚できた。
    まだカウンセリングなんてなかった頃の話なので、
    今みたいな時代だったら就職前に母の洗脳が解けて、進学できていたのかもしれない。
    配偶者にも子どもにも、自分が嫌だったことは絶対にしないと誓った結果、今は穏やかに家族と過ごす日々。

    769 :プリンはのみものです。 2016/02/23(火) 15:44:44 ID:???
    弟がちっちゃい頃に父から逃げ出して、
    父のことなんか顔も覚えてない弟が父そっくりに育ってしまった。
    やっぱり遺伝って大きいのかな…
    父にそっくりと思い始めてから弟のこと可愛いと思えなくなった。
    弟は今大学生なんだけど、なんでも人のせいにする性.格。
    成績が悪い→姉ちゃんがジャマした!(してない)姉ちゃんがうるさくしした(してない)から勉強できなかった!
    お小遣い使いすぎて金がない→姉ちゃんが取った!(取ってない)姉ちゃんのために使った(何一つ買ってもらってない)
    彼女とケンカ→姉ちゃんがブスだから幻滅された!ママの稼ぎが悪くて貧乏だからおごれなかった!
    太った→ママがお菓子買ってくるからだ!姉ちゃんが食わないからだ!
    浮気と借金を「家が安らげないから悪い!嫁が金を渡さないのが悪い!」と喚いてた父そっくり。
    もっとゲンナリなのが、弟が隠れて父と連絡取ってたこと。
    父のやってるマルチまがいの会社に就職させてやる、お前ならすぐ幹部だとか甘いこと言われて
    信用しきってマルチの商品買わされてた。
    止めても「嫉妬乙w自分が可愛がられなかったからって俺の足を引っ張るなw」とニヤニヤするだけ。
    父は私のことも金づるにしたいみたいで、弟を通して連絡しようとしてきてる。
    弟は「俺が仲介してやるからさw大人になれよw」と得意顔。
    弟を切って母と逃げたいが、母は弟を思い切れない。最悪母も切るしかない…
    母には親孝行したいのに、それすら阻む父と弟が憎くてたまらない

    855 :プリンはのみものです。 2019/01/13(日) 09:10:08 ID:9vBPvMafa.net
    すみません、質問というかアイデアが欲しいです。
    俺の母が嫁に「おとうさんの趣味をどうにかしたい」と相談したとのことで、嫁から何かいいアイデアないか聞かれました。
    俺の父はフィギュア収集が趣味なんですが、掃除を一切しません。場所もどんどん他の部屋や居間を侵食していくのですが、父は母に言われても整理しないし掃除しません。
    そのくせ母が触れることは嫌がり、母が捨てろと言えば鉄道模型のコピペを見せてきて人の趣味に口を出すのは最低であると説教されたそうです。
    母は専業主婦だから強く言えなく、けれど埃が積もっていく部屋やフィギュアに耐えられないと。
    人の物を捨てるのは違法だし人間として最低であると言う父の方こそ最低だと俺は思う。
    それはともあれ、こんな父にフィギュアの整理整頓をさせるアイデア、もしくは母がフィギュアを捨てても違法にならない方法ってありませんか?

    339 :プリンはのみものです。 2016/06/19(日) 04:38:57 ID:44/5jW0E.net
    もう十年くらい前の話。長いので分けます。


    父がパチ〇コで多額の多重債務を作った。
    それなりに稼ぎがあるにも関わらず、長年パチ〇コと借金返済に給料のほとんどを使っていた。
    でも母が正社員役職持ちだったおかげで私達兄弟(兄姉私)が子供の頃生活に困る事は無かった。

    ある時、とうとう父の給料だけでは首が回らなくなり、借金の全貌を父が母に打ち明けた。
    それまで生活費だけでなく借金返済の一部を負担してしまってたらしい母はあまりの額に激怒。
    (私はここで初めて母が生活費の殆どを負担してた事を知った)
    離婚話になって家族会議をした。
    でも当時すでに社会人で家を出ていた兄と姉は家族会議には中々参加できず、大学生だった私と両親のみで話し合う事が殆どだった。
    兄と姉には「すまんがよろしく」と言われた。

    そこで末っ子だった私ははっちゃけてしまった。
    父は感情的な人間で、カッとなりやすい。頭に血が昇ると暴言を吐く。
    その暴言の矛先を母ではなくて自分に向けて母を守らねば!
    可哀想な母の盾にならねば!
    と思い込んだ。

    624 :プリンはのみものです。 2016/12/30(金) 09:27:14 ID:JS7
    私の反抗期は15下の弟の誕生で収まった
    母も私も気が強くて、いちいち反発しては言い合いになってたけど、
    生まれた直後のある日、声をかけたら暗い瞳で見られた
    その時だけは神がかりのように母の言いたいことが分かった

    責められる、と思ったんだと思う

    その日、朝食の用意ができなかった
    妊娠した時点で、弱り始めた母に私はもう何も言わなくなってて、
    声をかけた理由は別だったんだけど母はそうは取らなかったみたい
    妊娠前に起きてたことがもう一度起こると懸念したんだろう

    私が責めて、また言い合いになる
    そういう想像を今の体調に重ねて絶望した目

    あ、これ以上負担掛けたら終わるわって何か口を開かれる前に言った
    「手伝うので私でもできることを教えてほしい、
    一時的に負担は増すだろうけどやり方さえ覚えれば、家事ぐらいもうできると思うので役に立てると思う
    落ち着くまで言うことに逆らわないから何でも言って」
    正直母が怖いがためのその場しのぎだったけど、口に出した以上腹をくくるつもりだった

    これまでの私と180度違う事を言い出したから
    母はマジか見たいな目をしてたけど、帰宅後丁寧にやることと手順を教えてくれて、
    分からなくなってもいつでも見れるようにルーズリーフにも書いてくれた

    きちんとできるか不安だったけど手伝っていくうちに分からないことや
    まだ自分じゃどうにもできないことを母に聞いたり頼ったりして、自分がまだまだ子供だと気づいたんだと思う
    そこで反抗期は終わった

    どうしても済ませなきゃいけない用事があるから、
    いつでもかけていいからってケータイ握らされて、数時間弟と二人っきりで留守番させられ
    あわあわしながらひたすら母の帰りを待ってた自分は反抗する資格もないような餓鬼だったと今は思う

    母は私の豹変を「怪獣が脱皮して忠犬になった」って良く分からない表現してて
    弟がこれから反抗期迎えたらもう一人産むわってたまに冗談を言う
    弟の誕生から変わったからブラコン見たく思われてるけど、あの時の母にぞっとした事が原因だとはとても言えない

    204 :プリンはのみものです。 2016/06/14(火) 16:47:37 ID:JxM
    今まで散々私を醜いと言っていた姉と母が、ここ最近やたらと私の見た目を褒めてくる
    ふくらはぎがきれい(少年野球で鍛えたけど男みたいだとバカにされた)だの髪がきれい(チリチリパーマに縮毛矯正かけただけ)だの目が綺麗(一重だから「目あけてるの?」とバカにされた)だの、とにかく色々と褒めてくる
    何がしたいんだろう?
    やっと醜い自分を受け入れて前向きになれてきたのにさ
    古傷をえぐらないでほしいのに「ひとがせっかく褒めてやったのに!!」ってヒスられるんだよね
    多分、将来の墓や仏壇の押し付けがしたいんだろうなぁ
    残念だけど自分は旦那家のを見なきゃならないから拒否するぜ

    123 :プリンはのみものです。 2015/08/19(水) 02:26:29 ID:cDk
    昔両親が離婚寸前でなぜか私と父が車上暮らしを余儀なくされた。
    1ヶ月後私はなんとか許されたが、父は3年ほどこの暮らしを続けさせられ腰を悪くし不摂生がたたり元々弱かったが障/害手帳を貰う身となりました。
    専用駐車場に堂々停めても誰も文句言えないほど 目に見えるもの。

    体を伸ばして寝れない、横になれない生活がどれほど辛く長年続けるとどうなるのかよくわかった。
    いまだに車上生活がトラウマで長時間ドライブやキャンプ等の野外アウトドア全部苦手。生活スキルはあるけどね!

    父からの虐待等なんかまったくなくてむしろ現代版火垂るの墓の兄みたいに優しかったが…生活がつらくてつらくて。

    火垂るの墓で別の意味でなきながら思い出した。

    111 :プリンはのみものです。 2015/08/17(月) 21:45:32 ID:7Hi
    過去じゃなくて進行形なんだけど誰にもいえないからココに。

    実父が不治の病なんだけど、治療し続けても回復はしないらしいの
    症状をゆっくりにするだけなので 仕事できなくなったら母に残すもの残してそっとタヒんで欲しいの
    治るならいくらでも費やせばいいし援助もするんだけどねぇ。。。

    192:プリンはのみものです。2007/09/04(火) 13:02:11 ID:0hSMA2UQ
    うちの母に粘着したおっさんの話。
    うちは寺で、父は人格者だった。
    母は、父がタヒぬまで分からなかったけど、本性出したら、
    場末のスナックのママみたいに安くて媚びるような女。
    粘着おっさんは同級生のオヤジで、何かと世話好きな人だった。

    父は癌になり、病院でタヒんだのだが、見舞いに来た人誰彼かまわず、
    「うちのことをよろしく頼む」と言った。当然おっさんにも。
    その数日後、「仏様の顔が住職になってる夢を見た」といっていた。

    父がタヒに、おっさんは檀家でもないのに、よく父の葬式を世話してくれた。
    寺は妹が急遽専修学院に行き、1年で坊さんの免許を取ることとなった。
    その1年、母と私たちで寺を守ることとなったのだが、1日おきに通って、家や畑を見てくれた。
    母は、1升くらいの酒とちょっとした料理を用意し、もてなしていたのだが、
    だんだん居座る時間が長くなり、家庭のことに首を突っ込んでくる。
    当初私たち子供は母に「節度を持って付き合え」と注意していたんだけど。

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