プリンはのみものです。|にちゃん生活まとめ

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    横暴

    764:プリンはのみものです。2018/06/28(木)20:12:23 ID:OKl
    うちの義兄は空腹になると物凄く機嫌が悪くなる。
    自制の利かない子供じゃないんだからって思ってたけど、本人に言わせれば生まれつき体の燃費が物凄く悪い体質で、
    食事がちょっと遅れただけでもエネルギー切れで頭痛がして視界が狭くなったり舌が痺れたりとかなり大変らしい。
    そのせいで学生の頃にボウリョク事件起こしたこともあるらしいけど、でもその体質のおかげか飯を本当に美味そうに&大量に食うんで、
    それがきっかけでうちの姉を掴まえて結婚した経緯もある。
    ずいぶん前にその義兄と一緒にラーメン屋に行った時の話。
    「あそこの店が美味いらしい」だけ聞いてそれ以上何も調べずに行ったら店の前が結構な行列で、
    これ別の店に行った方がいいんじゃ?て提案したけど、義兄「まあちょっとは我慢できるし折角だから」と言うので並ぶことに。


    並んでる間に「すまんなぐりそうだから話しかけるな」と言われて無言で携帯いじりながら30分ぐらいして店内に入って、
    注文済ませてしばらくしてラーメンが置かれたら、義兄の顔が幸せの黄色いハンカチの高倉健みたいな感無量って表情になって、
    そのまま勢いよく麺ズルズルすすりだして、噛み締めるみたいに飲み込んでさ。
    本当に嬉しそうに美味そうに食うもんだからああこりゃ確かに姉ちゃん惚れるわって思ってたら、事件が起こった。
    その店、昔流行ってた「店主の流儀に従って食え、さもなきゃ帰れ」って勘違い系の店で、
    横から出てきた店主がいきなり「うちのラーメンはスープから味わえ!!」っていきなり義兄の丼を取り上げて引っ込めたもんだから、
    厨房に乗り込んで馬乗りパンチ乱打で危うくサツジン事件になりかけた。
    店主は最初のパンチで歯を折ったらしくて悲鳴の助けもあげられないし、厨房が狭いから体割り込めなくて引き離せないし、
    何より義兄が火事場の馬鹿力でなぐってるから止めようがない。俺も後ろから羽交い絞めにしようとして振り回されて頭打った。
    これで義兄が奇声でも上げてたら誰か助け呼んだのかもしれないけど、ひたすら無言だったもんだから店員もどうしたらいいかわからなくてオロオロ。
    結局店長の顔が別人になってからようやく電池切れ起こして、そのまま一緒に裏口から逃げた。

    ここからは伝聞入り。
    そのまま解散して家に帰ったけど警察が来るとか来たとかも全くなく、何がどうなったのかと思ったら二週間もしないうちに件のラーメン屋が閉店。
    スープから飲めとか胡椒置いてるのに絶対入れるな麺完食するまでレンゲ使うなとか俺ルールのきつい店で
    店主も強面だったから誰も逆らえなかったんだけど、見知らぬ一見客(たぶん義兄)にそれをやって半ゴロしにされて
    奥さんから「だからいつも言ってたのに!」と責め立てられて警察に駆け込めず対人恐怖症になった上に、
    店員に対する接し方もひどかったもんだから不在の間にお金や器具を持ち逃げされて経営どころじゃなくなったんだとか。
    義兄とは当日解散して何日かしてからまた会って、あれからどうしました?って聞いたら
    返り血が服についてたからコンビニで耳かき買って鼻に突っ込んで鼻血で服汚してごまかしたって言ってた。
    頭いいのかおかしいのかわからなくて反応に困って、それ以上は藪をつつきそうで聞けなかった。
    とりあえず姉には「あの日は行列長すぎて並ぶの諦めた、閉店前に食っとけばよかった残念」って義兄と一緒に口裏合わせてる。

    510: 1/2 2010/01/09(土) 13:36:42

    スレチだったらスルーしてください。

    成金でわがまま父方の祖父。
    母は育ちが悪いだの罵声を浴びせられ時には暴※をふるわれた。
    さらに幼い私に煙草の火を押し付け、
    私の顔にはいまだにそのあとが残ってる。
    その後私の顔の後に激怒した父母により引っ越し、以来疎遠になっていた。

    幼少の頃はこのように嫌われていたが

    ある時転機が訪れた。

    276: プリンはのみものです。 2011/10/30(日) 21:31:28.53 ID:fZmg0G5C0



    小学生の時に両親が離婚した

    離婚の原因は母親の浮気

    けど浮気の原因は間違いなく父親にあったから私は母の味方だった

    私の父親はなんというか、優しいけれど気が短く自分勝手で暴力的な人だった

    私が少しばかり失敗するたびに殴ったり、酷い時には鋏で腕を切られたこともあった

    (失敗の例としては食事の時に大皿の上に醤油をこぼしてしまった、左手で箸を使ってしまったなど)

    けれどそれ自体は私にとっての日常だったし、失敗しない分には優しかったから気にしてなかった



    そんな風に毎日を過ごしてたある日、父の故郷から祖父母が来た

    事前に連絡もなく、父の独断で呼んだとの事だった

    けどそもそも狭い三人暮らしの我が家に泊めれる部屋があるわけもなく

    取りあえず来てしまった以上帰すわけにも行かないので、仕方なく私が近くにある母の実家に身を寄せる事にした



    半年くらいその生活を送り、父方の祖父母がやっと帰ったので私も久々に自宅に戻った

    そうして驚いた、久々に見た母親があんまりにもやつれていたから

    後から聞いた話によると、父方の祖母に結構酷い事をされていたらしい

    けど、私に心配をかけたくないからか母は何も言わずただ今まで通りの生活に戻った



    それから一年くらいして、母がある男忄生を私に紹介してきた

    それが母の浮気相手(以降Aさん)だった

    その人は気が弱そうだったけど、優しくて穏やかな人だった

    私の事も可愛がってくれて、本当憧れのお父さん像そのままみたいな人だった

    浮気自体は悪い事だし、離婚してから付き合うのが筋ってものかも知れないけど、

    多分この時の母には逃げ場が必要だったんだと思う、だから母を責めることなんて私にはできなかった

    流石にその歳の頃(小学高学年)には、父親の行動(暴力や自分勝手な振る舞い)はおかしいと思っていたし、

    なにより母に幸せになって欲しかったから離婚してAさんと再婚することをすすめた

    423: プリンはのみものです。 21/04/19(月)20:20:32 ID:BATr

    義父から夫へ電話。
    「こっちで転職して夫婦で母親の面倒みるか、
    単身赴任にして嫁をこっちにやって同居して母親の面倒みさすか
     どっちにするかGWまでに決めろ」と言ってきたらしい。
    自損事故を起こして入院中の義母が、退院後は車椅子になるらしい。


    夫が「・・・ってことなんだけど、どうする?私ちゃん、行ってもらってもいい?」って。
    「なんで?」って聞き返したら「うーん・・・どうしたらいいんだろ」だって。
    「お義父さんに電話して無理って返事するか、離婚して夫君が地元にもどるか、
    ふたつにひとつじゃない?」って言ったら部屋に篭って出てこない。
    仕事には行ってるけど、戻ってくると部屋から出てくるのはトイレだけ。
    お風呂にも入ってない。


    3日目に「私なりの結論出たから、ちょっとリビングに出てきて」って声を掛けたら
    ゲッソリして出てきた。
    サイン済の離婚届を出して「もうずいぶん前から用意してた。離婚しましょう。
    お義父さんへの返事は好きにすればいい」って言ったらまた部屋に篭って出てこない。
    その間に簡単に荷物を整理した。
    準備が終わって家を出ることを告げた。
    あとはお互い弁護士を通して話しましょうって。
    結婚して2年。
    子供相手の仕事をしている彼の姿を見てて、
    その無邪気さや素直さが頼りなさを打ち消すぐらい素敵に見えたけど
    単に彼自身が子供だったからと分かったのは結婚してから。
    私も甘かったと思う。彼の頼りなさは私がカバーできると思ってしまった。
    もしかしたら問題が彼の事だけだったら乗り越えられたかもと思う。
    だけど彼の両親のアクの強さには耐えられなかった。


    義父と義母はとても仲が良いのだけど、
    ふたりとも世界がふたりを中心に回ってると思ってるような人。
    遠く離れているから流すことができたけど。
    私たちより後に結婚した義弟のお嫁さんは最初から一切交渉を持たないようにしていた。
    それが賢いと今は思う。
    義弟も夫と似たような気弱な感じの男忄生だけど、夫と違うところは
    それでも必タヒで妻を守ろうとする気概がある。
    夫はだめだ。常に私に判断を仰ぐ。義父母の横暴さにも。
    離婚届を持っていたのは、大好きだった祖母が亡くなった時、
    仕事を休んで葬儀に出掛けたことを知った義父に
    「どうせいつかはタヒぬBBAの為に仕事休むって、甘ちゃんだな」
    って言われて夫に目をやったら、がっつり合った目を逸らした時、
    ああこの人は何があっても義父には逆らえない人なんだと思ったから。
    どんなに妻が傷付けられても知らん顔なんだって思ったから。
    それまでは離婚までは考えてなかったけど、
    次に同じようなことがあったら私は自分の理忄生を抑えられないと思った。
    その時はもう離婚しようと思っていたらの冒頭の出来事。
    今思えば保育士やってるのも、自分より小さな弱い者相手にしか
    仕事出来ない人だったんだなと思う。
    それに気づかなかったお花畑な自分を、タイムマシンがあったら戻ってぶん毆りたい。


    現在夫から鬼LINE。この期におよんで泣き顔の顔文字付き。もううんざりだ。

    802 :プリンはのみものです。 2020/05/16(土) 16:57:34 ID:4xW
    冷めた話かもしれないし、冷められ話かもしれない
    共通の知人の紹介から交際スタートした元彼
    他職種のため、時間も合わず休日も合わない中でも上手に連絡を取り合って仲良くしていけるかなと思っていた

    たまたま丸一日出掛けられる日がお互い合ったタイミングで小旅行へ
    ノンビリ雑談しながら街を歩いていると、急に叫びながら石畳を足で蹴り出した
    驚いて見ているとそのまま叫びながらどこかへ走り去っていった
    連絡をしても出ず、やっと繋がったと思えば叫び声や罵声が聞こえる
    のちに分かったのは、会話中でご機嫌とりが無かったこと、日頃のストレスを解消してもらおうと思っていたということ
    発作的と感じるくらい、何が何だか分からなかった

    旅行の時のこと
    私は繁忙期、元彼は有給と組み合わせて長めの長期休暇
    先に旅行に出た元彼に、元彼地元で合流しようという計画だった
    しかしその時期は記録的な自然災害があり、仕事への影響も考え旅行の中止を申し出た
    「え?僕はこんなに暇にしてるのに?」
    「飛行機は飛ばなくても新幹線で来なよ」
    「なんなら有給取得して今から来なよ、暇なんだ。僕はお金がないから帰りの便は変更しない」
    など、旅行への強い意志を主張された
    結局は旅行は中止になったけど、その後も事あるごとに嫌味を言われた
    流石にと思って反論すると「愛情表現のためのリップサービス、本気で言うワケない」と鼻で笑われた


    877: プリンはのみものです。2014/03/03(月) 12:37:39ID:jwixaota0

    じゃあバイト先のクソ店長と女子大生バイトを
    追い出した話を。

    当時の店長はというと。

    ・発注を忘れて棚をよく空にする
    ・退勤の時に挨拶しない
    ・基本的に事務所にこもりっぱなし

    というあまり仕事熱心じゃないような人だった。
    ここまでならいいけど個人的にもいろいろあった。

    ・早い時間に呼び出されて雪かきを押し付けられた。
    ・自分は仕事しないくせに給料泥棒と言われた。
    ・なんの相談もなしにシフトを数十時間減らした。

    それで次第にいなくなればいいと思うようになった。

    546:プリンはのみものです。2008/03/25(火) 19:50:46 0
    元義実家にですが、ようやく身辺落ち着いてきたので厄落としに書かせて下さい。
    結婚前は人当あたりのいいトメと無ロなウトだと思ってました。

    895 :プリンはのみものです。
    兄嫁は結婚前からずっとえばりんぼうだった。
    最初に兄から紹介されたときも、挨拶も適当。
    こちらが一生懸命話しかけて仲良くしようとしても無視。
    結婚式も結婚後も、自分のことばっかで兄には横暴 。
    家事も育児も私の実母任せで別居なのに朝から晩まで居座る。
    兄に対してはまるで王様みたいな物言いで奴隷扱い。
    「あたしが困ってんだけど!」
    「なんなの!?やってよ!」
    「馬鹿じゃないのあんた」「言うことを聞け!」
    兄嫁は田舎出身で訛りがあったし、雑な性格。アニオタ。
    外では借りてきた猫の様に大人しい(というか空気)。
    だからコミュ障入ってるレベルのシャイなんだろうと耐えたが、
    兄の方が降参。恋も愛も冷めたんだろうね。
    兄もアニオタでアスカみたいな強気女子が好きだった。
    でも兄嫁はアスカみたいな思春期美少女ではないからね。

    兄が離婚を切り出した時兄嫁は笑ってた。
    でも兄夫婦の子供達はふたりとも
    「離婚するなら絶対にばあちゃんち!!」って主張。
    そりゃ御飯あげてお世話したのはうちの母だからね。
    兄嫁も可愛がってはいたんだけどね。

    本当に離婚が決まって親権もこっちになったとき、
    元兄嫁は呆然としていた。信じられないって顔してた。
    その後もいきなり訪ねてきたりして、妙に愛想良くしてたけど
    弁護士通してやめてもらったら、やっぱり物凄く驚いていた。
    後に大暴 れしてくれたけれども。

    なんであれだけ人を馬鹿にして嫌われるようなことばかりして
    離婚されないと思っていたのか、神経が分からない。
    最後の方で私にもすり寄ってきたけど、味方する訳ないよ。

    ああいう傍若無人な人って伴侶から嫌われることは想定外なのかな。
    子供がいれば大丈夫だと思ってたのかな。
    甘えたい放題甘えてやりたい放題やってそれが当たり前になったのか。
    小さな子供じゃあるまいし、神経分からん。愛は永遠じゃないよ。

    388:プリンはのみものです。2007/04/19(木) 10:51:30
    俺自身の話ではなく、兄貴の話なのだが。

    結婚して3年の兄貴夫婦(兄貴は長男。ウチから車で1時間ほどのところにすんでいる)に
    子供が生まれ、土日にこっちに顔を出しにきてた。
    親父とオカンがもう舞い上がり。俺は仕事があったから挨拶だけを交わし自分の部屋で仕事。
    しばらくしたら何やら揉め事が起こったらしく騒がしい。駆けつけて事情を聞いてみると…

    「俺があの有名なお寺の住職様に、孫の名前を考えてきてもらってきてやったのに、こいつが
    嫌がって言うことをきかん」
    とキレ気味の親父&オカン。我が家は代々あそこのお寺にお名前をいただいているんだ! と
    息巻く親父。まぁ、地方農家の本家って言う家柄もあり、親父はいわゆる膿家脳。オカンも洗
    脳済。慣わしとかを押し付けてくるタイプだった。今回もそのパターンだな、と呆れる俺。
    「子供の名前は俺と嫁で考えるから親父は関係ないだろ!」
    という兄貴。もっともだと心の中でうなづく俺。
    「お前は○○家の歴史を何だと思っているんだ!」
    「お前は長男としての自覚が足りん! これを機会にこっちに戻ってこい!」
    と怒りのあまり本心が出たのかだんだん話がそれてくる。兄嫁さん涙目でうつむいてる。
    あー、こりゃ助け舟出したほうがいいな、と思って口を挟もうと思ったら兄貴がおもむろにそ
    の住職様が考えたと言う名前が書いてある半紙を受け取ったと思ったら、ビリビリに破ったあ
    げくその半紙で鼻をかみ親父に投げつけた。俺爆笑。親父激怒。見ていてスカッとしたよ。

    55:プリンはのみものです。2014/05/15(木)15:41:14ID:70LfVUVqd
    陰気な仕返し話で申し訳ない。しかも長い。


    元義父(以下糞男)は物凄く横暴な人だった。
    “元”とつけたのはその息子が既に“元”夫だから。

    元夫とは職場恋愛での結婚だったんだが
    彼も私も実家が地方で、
    糞男と会ったのは婚約の挨拶に行った時と
    結婚前の打ち合わせで一度会ったきりだったし
    その時は野良猫を被っていたらしく気付かなかった。

    ただ、元夫から「うちの親父はクセのある人だから、
    言われたこととかされたことは
    あまり気にせずに流してほしい」みたいな事言われたので
    気難しい人なんだろうなとは思ってた。
    そんな甘いもんじゃなかったけど。

    新婚旅行から帰ってきて、翌々日から出社し
    半月後の3連休に挨拶がてらお土産を持って帰省したときに
    一番最初の修羅場があった。

    元夫には「よく来たな」とニコニコ恵比須顔で歓迎していたが
    私には開口一番「うちの嫁になったからには
    ワシに逆らうことは許さん」と言われた。
    当時まだ24歳だった私には、それがものすごく怖かった。
    しかもいくら自宅だとはいえ、家の中ではパンツ一丁。
    目のやり場に困った。

    義母には「お父さんの機嫌を損ねたら大変だから
    逆らわないこと!」と言われ
    その頃まだ独身で実家住みだった義姉にも
    「とにかく波風立てないで」と言われ、
    近隣に住んでるはずの義兄一家は一度も顔を出してこず、
    この家はなんか変と思った。
    披露宴の時にはあんなに仲睦まじい家族に見えたのに。

    たった2日の滞在だったのに、外にある物置の整理をやらされ
    庭の除草をやらされ、お風呂のカビ取りをやらされクタクタ。
    その間元夫は見てるだけだった。
    手招きで部屋から連れ出して
    「どうして手伝ってくれないの?」って責めると
    「そんなことしたら親父に叱られる」と意味不明な言い訳。
    それでも2日間だけのことだからと我慢した。
    今思えば本当に若かった。

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