後悔
【後編】既婚の彼から「来月子供が産まれます」→ショックだったが彼の幸せを願おうと諦める努力をすることに。しかし連絡を取ってくる彼。限界になり奥さんに電話してしまった→結果
前編はコチラ
247:min ◆Ui8SfUmIUc2016/09/26(月) 14:21:31.12
こんにちは。主です。
キツいです。ご飯食べれなくて数日で4キロ減っちまいました。
記憶飛ばしたい。
昨日はまだカキコミしてるときはマシだったのになぁ。
前向こう前。
キツいです。ご飯食べれなくて数日で4キロ減っちまいました。
記憶飛ばしたい。
昨日はまだカキコミしてるときはマシだったのになぁ。
前向こう前。
【前編】既婚の彼から「来月子供が産まれます」→ショックだったが彼の幸せを願おうと諦める努力をすることに。しかし連絡を取ってくる彼。限界になり奥さんに電話してしまった→結果
【後悔】2~3週間前から「頭が痛い」と訴えてた嫁。俺「何グズグズ言ってんだよ。世の中にはもっと重い病気で苦しんでる人がたくさんいるのに!」→取り返しのつかないことに…
嫁「はいここに書いてある俺君が打ったメール見てみて」そこには、俺がで〇い系の女に「嫁とはうまくいってないんだよね。暇なら明日にでも会おうよー」と書いたメールが…→結果
416:名無しさん@HOME2015/08/28(金) 00:33:26.36
◆現在の状況
嫁→将来離婚したいなぁって思ったら、その時は離婚してね、と言われている
◆最終的にどうしたいか
離婚回避
◆相談者の年齢・職業・年収(手取り額)
35歳。ガテン系。年収500。
◆配偶者の年齢・職業・年収(手取り額)
33歳。職業訓練校に通ってる。年収0。
◆家賃・住宅ローンの状況
賃貸マンション。家賃5万。
◆貯金額
俺→結婚前も結婚後も個人的貯金なし
嫁→結婚前の貯金あると思う。
結婚後の貯金は不明
◆借金額と借金の理由
なし
◆結婚年数
6年
◆子供の人数・年齢・性.別
5歳男
◆親と同居かどうか
どちらの親も別居
◆相談者と配偶者の離婚歴、あればその理由
なし
嫁→将来離婚したいなぁって思ったら、その時は離婚してね、と言われている
◆最終的にどうしたいか
離婚回避
◆相談者の年齢・職業・年収(手取り額)
35歳。ガテン系。年収500。
◆配偶者の年齢・職業・年収(手取り額)
33歳。職業訓練校に通ってる。年収0。
◆家賃・住宅ローンの状況
賃貸マンション。家賃5万。
◆貯金額
俺→結婚前も結婚後も個人的貯金なし
嫁→結婚前の貯金あると思う。
結婚後の貯金は不明
◆借金額と借金の理由
なし
◆結婚年数
6年
◆子供の人数・年齢・性.別
5歳男
◆親と同居かどうか
どちらの親も別居
◆相談者と配偶者の離婚歴、あればその理由
なし
親、彼、自分のことで頭がいっぱいの中、友人の結婚式の受付と幹事も引き受けた私。いつもと違う交通機関で実家に帰ろうと、一人暮らしの弟に連絡したが繋がらず→様子を見に行ったら
192 :プリンはのみものです。 2014/08/04(月) 12:47:31 ID:DxsnOQixs
3月に住んでいたマンションの契約更新せず引越しを行う予定だったが、
その時同棲する彼氏の引越しがうまくいかなかったり、
自分の親には報告したり話を重ねたもののうまく行かず親、彼氏、自分の引越しのことでいっぱいいっぱいだった。
しかしながら自分で決めたこと、と早く早くにできることを行い、彼氏もなんとか頑張っていた。
親、といっても母は脳系の病気で、障害は無いが短期記憶が忘れてしまうような状態。
父に話をするも気まずい雰囲気だった。厳しいひとだったし。
賛成も反対も自分がすることではない、お前の問題だ、と言っていた。でもよく思ってなかった。
また、中旬には大学友人の結婚式に招待され、受付と二次会幹事もまかされており、
自分のキャパシティと相談しながらOKしたものの大変なことに。
こちらも早め早めに支度をしていた。
仕事と引越しと結婚式の準備で、ほぼ毎日いつもの半分の睡眠時間だった。
全てをしゃにむに頑張って、大変だけど自分で決めたことだし、
きっと全てに力を注ぎきれば
引越しも家族の理解も、結婚式も全てうまく行くだろうと信じていた。
花嫁の喜ぶ顔や祝福する大学の先輩後輩、そして自分の笑顔を妄想してがんばった。
そんな結婚式にでられなかったときの気持ちが一つ目の修羅場。
その時同棲する彼氏の引越しがうまくいかなかったり、
自分の親には報告したり話を重ねたもののうまく行かず親、彼氏、自分の引越しのことでいっぱいいっぱいだった。
しかしながら自分で決めたこと、と早く早くにできることを行い、彼氏もなんとか頑張っていた。
親、といっても母は脳系の病気で、障害は無いが短期記憶が忘れてしまうような状態。
父に話をするも気まずい雰囲気だった。厳しいひとだったし。
賛成も反対も自分がすることではない、お前の問題だ、と言っていた。でもよく思ってなかった。
また、中旬には大学友人の結婚式に招待され、受付と二次会幹事もまかされており、
自分のキャパシティと相談しながらOKしたものの大変なことに。
こちらも早め早めに支度をしていた。
仕事と引越しと結婚式の準備で、ほぼ毎日いつもの半分の睡眠時間だった。
全てをしゃにむに頑張って、大変だけど自分で決めたことだし、
きっと全てに力を注ぎきれば
引越しも家族の理解も、結婚式も全てうまく行くだろうと信じていた。
花嫁の喜ぶ顔や祝福する大学の先輩後輩、そして自分の笑顔を妄想してがんばった。
そんな結婚式にでられなかったときの気持ちが一つ目の修羅場。
母は私が幼い頃に弟を出産した時のトラブルで他界した。「弟のせい!」と私は弟を邪険にしていた→しかし、母の法事で親戚達が立ち話「あの子(私)のせいで…」→全てを思い出した
410 :プリンはのみものです。2018/04/26(木) 18:46:45ID:HAf
私の母は私が幼い頃に、弟を出産した時のトラブルで他界した。
母が突然居なくなって悲しくて、私は弟のせいで母がタヒんだと弟を恨んだ。
母方の親戚から、弟は母親の温もりを知らなくて可哀想。
事故みたいな産まれ方をしたせいで、身体が弱くて可哀想。
そんな風に弟ばかり優遇されたのも、弟を嫌う気持ちに拍車をかけた。
弟は母方の親戚にそうやってちやほやされていたから、弟を邪険に扱う私は母方の親戚から冷遇された。
特に伯父からは毛嫌いされていた。
先日、母の法事があった。
途中で私はトイレに行ったんだけど、戻ってくる途中で、母方の親戚が立ち話をしているのに遭遇した。
○○(私の事)は相変わらず我儘で可愛げがない。
三つ子の魂百までというけど、本当にそうだ。
自分の我儘で母親を刹しておいて、何であんなに平然としていられるんだ。
あの子が我儘さえ言わなければ、△△(母)はまだ生きていられたのに。
□□(弟)だって、あんなに予定外に早く産まれて、病気がちになって本当に可哀想。
××さん(父)がなんで○○をあんなに甘やかして増長させるのかが本当に理解できない。
私に気が付かないまま、こんな感じの話をしていた。
その言葉を聞いた瞬間、母が亡くなる前の事を鮮明に思い出した。
あの頃、お腹の大きくなった母は、体調が悪く寝ている事が多かった。
遊んだり抱っこしてもらったりしたかった私は、それがものすごく不満だった。
ある日、どうしても外で遊びたいと駄々をこねて、近所の公園まで母を連れ出した。
ちょっと休ませてと言う母を許さず、滑り台で遊ぶ、ブランコで遊ぶと連れ回した。
そして、ブランコで遊んだ時、いつもより揺らす回数が少なかった事に腹を立てて、私はブランコを漕いで思いっきり母にぶつけてしまった。
母はお腹を押さえてうずくまって、そのまま動けなくなった。
その時ようやく、とんでもない事をしたと理解したけど、どうしようもなかった。
私の泣き声を聞きつけた近所の人が気が付いて、母は救急車で運ばれたけど、助からなかった。
母が居なくなって不安定になった私を落ち着けようと、父は、母が亡くなったのは私のせいじゃないと繰り返した。
私のせいじゃないって思い込もうとして、それでこの時まで忘れていたんだと思う。
全部思い出して、急に気持ち悪くなって、トイレに引き返して嘔吐した。
今まで、母方の親戚からどうして私だけ嫌われてるのかものすごく不満だったけど、そんな経緯があったら当然だと思った。
自分のしたことをすっかり忘れて、自分のしでかした事で産まれた時にタヒにかけた弟を邪険にしてた。
そんな姿を見ていたら、子供のした事だからなんて絶対に言えない。
特に伯父からしたら、自分の妹を刹した人間が反省もせず好き勝手に生きてるって思えて、憎かったんだろう。
法事が終わってから何日か経つけど、心の中がずっと修羅場。
今更思い出しましたごめんなさいって言っても、それがどうしたってなるだろうし、ここに吐き出し。
正直、もうどうしていいか分からない。
母が突然居なくなって悲しくて、私は弟のせいで母がタヒんだと弟を恨んだ。
母方の親戚から、弟は母親の温もりを知らなくて可哀想。
事故みたいな産まれ方をしたせいで、身体が弱くて可哀想。
そんな風に弟ばかり優遇されたのも、弟を嫌う気持ちに拍車をかけた。
弟は母方の親戚にそうやってちやほやされていたから、弟を邪険に扱う私は母方の親戚から冷遇された。
特に伯父からは毛嫌いされていた。
先日、母の法事があった。
途中で私はトイレに行ったんだけど、戻ってくる途中で、母方の親戚が立ち話をしているのに遭遇した。
○○(私の事)は相変わらず我儘で可愛げがない。
三つ子の魂百までというけど、本当にそうだ。
自分の我儘で母親を刹しておいて、何であんなに平然としていられるんだ。
あの子が我儘さえ言わなければ、△△(母)はまだ生きていられたのに。
□□(弟)だって、あんなに予定外に早く産まれて、病気がちになって本当に可哀想。
××さん(父)がなんで○○をあんなに甘やかして増長させるのかが本当に理解できない。
私に気が付かないまま、こんな感じの話をしていた。
その言葉を聞いた瞬間、母が亡くなる前の事を鮮明に思い出した。
あの頃、お腹の大きくなった母は、体調が悪く寝ている事が多かった。
遊んだり抱っこしてもらったりしたかった私は、それがものすごく不満だった。
ある日、どうしても外で遊びたいと駄々をこねて、近所の公園まで母を連れ出した。
ちょっと休ませてと言う母を許さず、滑り台で遊ぶ、ブランコで遊ぶと連れ回した。
そして、ブランコで遊んだ時、いつもより揺らす回数が少なかった事に腹を立てて、私はブランコを漕いで思いっきり母にぶつけてしまった。
母はお腹を押さえてうずくまって、そのまま動けなくなった。
その時ようやく、とんでもない事をしたと理解したけど、どうしようもなかった。
私の泣き声を聞きつけた近所の人が気が付いて、母は救急車で運ばれたけど、助からなかった。
母が居なくなって不安定になった私を落ち着けようと、父は、母が亡くなったのは私のせいじゃないと繰り返した。
私のせいじゃないって思い込もうとして、それでこの時まで忘れていたんだと思う。
全部思い出して、急に気持ち悪くなって、トイレに引き返して嘔吐した。
今まで、母方の親戚からどうして私だけ嫌われてるのかものすごく不満だったけど、そんな経緯があったら当然だと思った。
自分のしたことをすっかり忘れて、自分のしでかした事で産まれた時にタヒにかけた弟を邪険にしてた。
そんな姿を見ていたら、子供のした事だからなんて絶対に言えない。
特に伯父からしたら、自分の妹を刹した人間が反省もせず好き勝手に生きてるって思えて、憎かったんだろう。
法事が終わってから何日か経つけど、心の中がずっと修羅場。
今更思い出しましたごめんなさいって言っても、それがどうしたってなるだろうし、ここに吐き出し。
正直、もうどうしていいか分からない。
不倫相手が直接妻に電話してきて不倫バレ。妻「私よりもその人と一緒に居る方が幸せなの?」俺「正直言ってそうなんだ」泣き崩れる妻。共通の貯金を俺に渡して出て行った→その結果…
結婚して2年。食事洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の洗浄は夫担当。ある朝、私が起きると台所に汚れた食器が放置されていたので、思わずなじってしまった結果→
17 :プリンはのみものです。 2004/05/09(日) 01:00:00 ID:4hrZxYVK
もう何年も前の話。
結婚して2年ぐらいだった。夫は優しい人で、いつも明るく、私を笑わせてくれていた。
とても好きだったんだけれど、おっとりした人で、神経質な私をいらいらさせることもあった。
でも夫は、仕事のことで不機嫌になり、なにも悪くない夫のことを私が邪険に取り扱っているときでも、
いつも私のことを気遣ってくれる人だった。私が体調悪いときは、仕事を途中で抜け出して帰宅し、
その後仕事に戻って徹夜するような、自分がどんなに無理しても私の面倒を見てくれる人だった。
夫婦の家事分担は、私も仕事を持っていたので、食事・洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の
洗浄は夫の担当ということになっていた。
当時夫は、連日日が替わってから家に帰るほどの激務が,2ヶ月も続いていた。
でも文句も言わず、深夜私が寝付いた後に帰宅して、私が用意しておいた食事を食べ、
夜中に私の分も含めてちゃんと食器を洗ってくれていた。
結婚して2年ぐらいだった。夫は優しい人で、いつも明るく、私を笑わせてくれていた。
とても好きだったんだけれど、おっとりした人で、神経質な私をいらいらさせることもあった。
でも夫は、仕事のことで不機嫌になり、なにも悪くない夫のことを私が邪険に取り扱っているときでも、
いつも私のことを気遣ってくれる人だった。私が体調悪いときは、仕事を途中で抜け出して帰宅し、
その後仕事に戻って徹夜するような、自分がどんなに無理しても私の面倒を見てくれる人だった。
夫婦の家事分担は、私も仕事を持っていたので、食事・洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の
洗浄は夫の担当ということになっていた。
当時夫は、連日日が替わってから家に帰るほどの激務が,2ヶ月も続いていた。
でも文句も言わず、深夜私が寝付いた後に帰宅して、私が用意しておいた食事を食べ、
夜中に私の分も含めてちゃんと食器を洗ってくれていた。
結婚して2年程。食事・洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の洗浄は夫の担当ということになっていた。ある朝、食器が放置されていたので夫と喧嘩したんだけど、凄く後悔している
17 :プリンはのみものです。 2004/05/09(日) 01:00:00 ID:4hrZxYVK
もう何年も前の話。
結婚して2年ぐらいだった。夫は優しい人で、いつも明るく、私を笑わせてくれていた。
とても好きだったんだけれど、おっとりした人で、神経質な私をいらいらさせることもあった。
でも夫は、仕事のことで不機嫌になり、なにも悪くない夫のことを私が邪険に取り扱っているときでも、
いつも私のことを気遣ってくれる人だった。私が体調悪いときは、仕事を途中で抜け出して帰宅し、
その後仕事に戻って徹夜するような、自分がどんなに無理しても私の面倒を見てくれる人だった。
夫婦の家事分担は、私も仕事を持っていたので、食事・洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の
洗浄は夫の担当ということになっていた。
当時夫は、連日日が替わってから家に帰るほどの激務が,2ヶ月も続いていた。
でも文句も言わず、深夜私が寝付いた後に帰宅して、私が用意しておいた食事を食べ、
夜中に私の分も含めてちゃんと食器を洗ってくれていた。
結婚して2年ぐらいだった。夫は優しい人で、いつも明るく、私を笑わせてくれていた。
とても好きだったんだけれど、おっとりした人で、神経質な私をいらいらさせることもあった。
でも夫は、仕事のことで不機嫌になり、なにも悪くない夫のことを私が邪険に取り扱っているときでも、
いつも私のことを気遣ってくれる人だった。私が体調悪いときは、仕事を途中で抜け出して帰宅し、
その後仕事に戻って徹夜するような、自分がどんなに無理しても私の面倒を見てくれる人だった。
夫婦の家事分担は、私も仕事を持っていたので、食事・洗濯等は私がやる代わりに、使用した食器の
洗浄は夫の担当ということになっていた。
当時夫は、連日日が替わってから家に帰るほどの激務が,2ヶ月も続いていた。
でも文句も言わず、深夜私が寝付いた後に帰宅して、私が用意しておいた食事を食べ、
夜中に私の分も含めてちゃんと食器を洗ってくれていた。
