パチ

    7 :プリンはのみものです。 2019/12/04(水) 00:51:11 ID:Cr.iy.L2
    妻には幼い頃に亡くなった兄がおり、事故で亡くなったと聞いていたのですが
    最近になって、実は義両親がパチ〇コに出かけた際にまだ小さい妻兄を車内に置き去りにした結果
    妻兄は熱中症になり…そのせいで亡くなってしまったという事を知りました
    義母妹からその事を教えられ、義両親に問い正した所、半笑いで「そんな事もあった」と言われました
    「男の子だから丈夫だから多少は大丈夫だと思った」そうです

    当時はまだそういった事件に甘く、熱中症になってすぐに亡くなった訳でも無いので
    警察でも厳重注意処分?か罰金か何かで終わった、と義両親は言っています
    (この辺りはかなり怪しいのですが、大した罪にはならなかったのは事実な様です)

    義両親は若干態度が大きかったり非常識な所はあるものの、孫にあたる息子・娘を良く遊びに連れて行ってくれたり
    誕生日には盛大に祝ってくれる、一見孫煩悩な方々だと思っていたので、ショックが大きく
    今後は子供らを義両親と会わせるのはなるべく控えたいと妻にいった所
    妻は「兄の事件は私が産まれてすぐの話だし、正直兄の事は覚えていない。
    兄の一件を反省したみたいで、私は両親にとても大事に育てられた。そんな両親を毛嫌いしないで!」
    と猛烈に反対され、先週も義両親の所に一緒に遊びに行ってしまいました

    正直な所、義両親も妻の感覚もまるで俺には理解出来ません
    パチ〇コに夢中になって子供を置き去りにする様な人達と、親しい関係になった事を非常に後悔しています
    正直、離婚を視野に入れて考えているのですが、義両親に問題がある場合での離婚で
    親権が取れるのか…そもそも離婚が可能なのか、非常に悩んでいます
    弁護士には相談に行く予定ですが、まずは俺の判断や感覚がおかしいのか、間違っていないのか
    その辺りも混乱しているので、皆様の意見もお聞きしたく思います
    何卒よろしくお願い致します

    569 :プリンはのみものです。 2007/08/21(火) 22:08:26 ID:BfJt1nf1
    数年前の郊外の大型スーパーでの事。
    駐車場から店に向かっていたらば、30前後の女性.二人が、停めてある車の窓を叩き割って
    いた。こんな昼間に車上荒らし!?と思いきや、車内から抱え出したのは何と赤ん坊。
    白目剥いて口から白い泡吹いてて赤黒くて全く動かなくて、リアルタヒ体状態。
    蘇生処理を始めた女性.達に「携帯持ってたら救急車呼んで!」と云われ、えええ119番は
    何番だったっけ!?と、動揺しながらも何とか通報。

    女性.の指示通りに店に走って車の持ち主を呼び出す放送をしてもらい、氷を貰って
    戻ったら赤ん坊は呼吸を取り戻して泣いていた。ほっとしている女性.達とギャラリー。
    そこにやっと赤ん坊の家族(両親+爺婆+ガキ1匹)が戻ってきたんだが、父親の
    第一声が「何で窓が割れてんだよ!お前たちが割ったのかよ!」だった・・・

    女性.達は「呼び出すのを待ってられる状態じゃないと判断したので窓を割った」と
    説明したが「クーラーを付けてたのに」とか「すぐに来たのに」と喚いた挙句に
    「弁償してくれるんだよな!」と言い出した。
    母親や爺婆は「助けてくれたんだよ」と諌めつつも、リアルタヒ体状態のすごさを
    見てないせいか「でも、人の車の窓を割るのは・・・」などと、態度は父親寄り。

    結局、救急車がきた後に警察を呼んだが、父親は「炎天下に放置は虐待だから!」と
    怒鳴られ、パトカーの後部座席に連れ込まれ、猛烈に説教されたようだった。
    クーラーはつけてたらしいがエンスト起こしたのか停止。車内温度が一気に上がり、
    赤ん坊は熱中症を起こした挙句、吐いたミルクで窒息してたらしい。
    ちなみに、良いコンビネーションを見せていた女性.二人はアカの他人(一人は
    医者で一人は看護婦)。

    いろんな意味で衝撃を受け、救命講習を受けに行った。

    339 :プリンはのみものです。 2016/06/19(日) 04:38:57 ID:44/5jW0E.net
    もう十年くらい前の話。長いので分けます。


    父がパチ〇コで多額の多重債務を作った。
    それなりに稼ぎがあるにも関わらず、長年パチ〇コと借金返済に給料のほとんどを使っていた。
    でも母が正社員役職持ちだったおかげで私達兄弟(兄姉私)が子供の頃生活に困る事は無かった。

    ある時、とうとう父の給料だけでは首が回らなくなり、借金の全貌を父が母に打ち明けた。
    それまで生活費だけでなく借金返済の一部を負担してしまってたらしい母はあまりの額に激怒。
    (私はここで初めて母が生活費の殆どを負担してた事を知った)
    離婚話になって家族会議をした。
    でも当時すでに社会人で家を出ていた兄と姉は家族会議には中々参加できず、大学生だった私と両親のみで話し合う事が殆どだった。
    兄と姉には「すまんがよろしく」と言われた。

    そこで末っ子だった私ははっちゃけてしまった。
    父は感情的な人間で、カッとなりやすい。頭に血が昇ると暴言を吐く。
    その暴言の矛先を母ではなくて自分に向けて母を守らねば!
    可哀想な母の盾にならねば!
    と思い込んだ。

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