いい話

    453 :プリンはのみものです。 2016/07/07(木) 04:48:42 ID:qgM
    長文自分語り注意。
    どこに書いていいのかわからんからここに書くけど、もし該当のスレがあるならスマン。

    俺の両親はすごくあたたかい人達だった。
    正直裕福な家庭じゃなかったしどっちかって言うと貧乏だったけど、子供が決して不自由な思いをしないようにって幸せな生活を送らせてくれた。
    俺が15の時にまさかの弟が産まれて、18の時に俺と弟を残して両親二人共交通事故でタヒんでしまった。
    生命保険とかあったけど、残された物はそんなになくて途方に暮れた。どうしようどうしようって情けなく泣いたけど、まだ何もわかってない弟を見てるとこいつの為に頑張るしかないと思った。
    俺は元々高卒で働くことが決まってたから、親戚に助けてもらいながら弟を育てていくことに決めた。
    両親が俺にしてくれたようにって思って頑張ったけど、空回りしたり全然足りてねーなってことばっかで、親ってほんとすごかったんだなって思って、会いてーなーって思って、結構泣いた。
    でも弟はほんと可愛くて、こいつが居るから頑張れるっていうこの気持ちは親が俺に対して思ってくれてたのと同じ気持ちなんかなとか思ってまた泣いて、俺マジ泣いてばっかw

    ハタチくらいの時、俺に好きな人ができた。
    その子は俺の事情を知った上で一緒に居てくれたけど、やっぱ金ないし弟最優先にしちゃうからろくに彼氏らしいことしてやれないだろうし、
    弟が結構気を使ういい子だったから自分が邪魔な存在だとか思わせたくなくて、弟が独り立ちするまでは誰かと付き合うなんて無理だと思ってたから、付き合ってくださいとは言えなかった。あっちも言ってこなかった。
    休みには弟も一緒にスーパー行ったりテーマパーク行ったりとかして、弟には近所の姉ちゃんみたいな感じで接してくれた。

    そんなこんなで俺26、弟11。
    つまりその子もいい歳で、今更すぎるけどいい加減俺以外の男見つけたほうがいいよなって思うようになった。
    可愛くておもしろくて優しくてしっかりしてて、たまにムカつくこと言ってくるけどマジすげーいい女だし、幸せになるしかない女だし、普通に結婚して幸せになってほしいと思った。
    そんなこともっと早くからわかってたのに、付き合いはしないとかセーフな感じにしてずっと甘えてきた自分が最低だと思ったし、
    ほんのちょっとだけ弟のことうっとうしく思ったりしちまったのもすげーきつくて、お父さんおかあさーんとかなって。

    637 :プリンはのみものです。 2003/08/06(水) 22:20:00 ID:VUcbvyji
    ちょっと思い出したので。
    武勇伝ですらない上に、うちの親の話で恐縮なんだが。

    あるとき、バスに乗っていると、降りようとした小学生が
    運転手ともめていたそうだ。
    話を立ち聞きしてみると、お金をちょうどしか持っていない
    のに、間違った路線に乗ってしまって、このままでは家に
    帰れない、と涙目になっていたらしい。

    運転手も融通の利かない奴で、規則だから、の一点張り。
    他の乗客も無視。

    うちの親は、運転手の前に千円札を突き出して、
    「これでバスカードちょうだい」
    というと、その子にカードを渡してバスを降りてきたそうだ。

    その話を後で聞いて、
    「普段は子供はうるさいって言ってたくせにどうしたの?」
    と、笑うと、
    「いや、でも他に誰もいなかったし」
    と、恥ずかしがる親を俺は可愛いと思った(w

    96: プリンはのみものです。 2009/03/26(木) 18:36:09 0
    暴力話も入っています。

    私の夫は、DV夫でした。
    結婚して数週間後にケンカしたら、私は頬っぺたがはれ上がるほど殴られていました。
    夫も、
    「何で手を出したんだろう?」
    と、自分の拳を見て、ボーゼンとしてる感じでした。
    なので、その時たまたまヒートアップして…って思っていましたが
    やはりケンカすると、同じ事が何度かありました。
    結婚して2年、首を〆られた時点で、別れを決意しました。

    しかし、殴るとかそういった行為に及ぶ理由が、少々気にかかりました。
    夫は、そういうのが出来なさそうな温厚なタイプです。
    まあ、温厚な人に限って、怒ったら…っていうのもありそうでしたが。

    「別れようと思う。」
    と告げると、夫は肩をがっくりと落として、テーブルの上に診察券を出しました。
    それは、精神科の診察券。
    「話しづらかったけど、俺も何故手を出してしまうのか、通院している。
    こんな事言うと、病気に逃げてるとか思われてしまうのが嫌だったから言わなかった。
    でも、お前がそう決めたら、そうしよう。今までゴメンな。」
    と、診察券をしまおうとしたので、その手をつかんで
    「一緒に病院いこう!何で黙ってたの!私とアンタの夫婦の問題でしょ!」
    って言うと、夫は涙を流しながら
    「夫婦ってまだ言ってくれるの?ありがとう。」
    と、私の手を握り返しました。

    889 :プリンはのみものです。 2008/02/03(日) 05:24:58
    俺、嫁27

    少し長くなるけど聞いてくれ。
    嫁との初デートの時(お互い大学生だった)に嫁がある店で見つけたネックレスが綺麗だと言っていたんだが、お互いあんまり金持ってなくてその時は買えなかった。
    俺が金曜に仕事帰りで少し寄り道してたら、偶然嫁が欲しがってたネックレスと同じ物が売ってて俺は思わず買ったんだ。
    正直8年前のことなんて嫁は覚えていないだろうと少し見くびりながらも、嫁に渡してみた。


    嫁号泣。俺挙動不審。

    嫁は覚えていたようだ。思わず、「8年前から愛してるよ」と言った。慣れないことを言ったのでかなり赤面した。
    向こうのスレはageてないけど、手はつないで寝ました。

    文才なくてすまん。

    504: プリンはのみものです。 2016/04/13(水) 10:22:43.20 .net
    親も歳なんで40手前で焦って婚活開始 
    しかし俺はただの太ったオッサンでモテ要素は無い 
    まったくうまくいかず、後半は惰性で参加してた 

    俺は飯食いに来てるんだ!と、やさぐれてた 
    消化試合も慣れてきた頃、バイキング形式の婚活パーティーで俺よりも食ってる女がいた

    それが嫁

    ぽっちゃり体型だし、いかにも食いそうで、
    本来は婚活パーティーでモテるはずの20代女性だが、嫁はモテない部類に見えた 
    俺だって平常心なら声をかけないが、そのころの俺は敗戦続きで価値観が崩壊していたと思う 

    俺はなぜかよく食う嫁にライバル心を持ち、量では負けない!と意地になって食った 
    結果、腹が痛くて動けなくなり、消化試合すら途中降板することになりマウンドを降りた 

    会場の外のソファーでぐったりしているとなぜか嫁がパーティーを抜けてきて 
    「そんなにおいしくなかったですね」と声をかけてきた 
    俺は上の空で 
    「以前リゾートホテルでやったやつは美味かった」 
    と返した 
    嫁は「それどこですか!?」と強烈に食いついてきた 
    場所を教えたらその場で調べ始めたが、その会場ではもう開催されないようだった 
    女性は参加費無料から半額程度なのでただの消化試合にせずに本当に上手い飯やただ酒を飲食するために来る女もいるという話は聞いていたが、本物を見たのは初めてだった 

    恐ろしくがっかりしている嫁を見て 
    「普通に旅行に行って食えばいいんじゃないですか?」 とさらっと口をついた 

    なぜか一緒に行くことになり俺が費用は持ったが、嫁が車を出してくれて交通費は嫁持ち 
    モテないと思っていたが、嫁は実はモテモテだった 
    が、マザコン男ばかりが寄ってきて、しかもみんな食が細いとかで嫁のおめがねにはかなわなかったそう 

    今では10近い年上の俺を長生きさせるため!と、徹底した健康管理と食事制限の元、二人とも10キロ以上は痩せた 
    俺はいまだにデブの部類だが、嫁はグラマーになった 
    嫁は職場ではさらにモテるようになったが「食の細い男はダメだ」と今でも言ってる 

    ちなみに長女は4キロ近くの体重で生まれ、
    成長曲線の上限いっぱいの体重で今も成長をし続けている

    493 :プリンはのみものです。 2004/12/12(日) 18:30:29 ID:SAtrbW1A
    もう10年も前の話
    妻が他界して1年がたった頃、当時8歳の娘と3歳の息子がいた。
    妻がいなくなったことをまだ理解できないでいる息子に対して、私はどう接してやればいいのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。
    実際私も、妻の面影を追う毎日であった。寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
    そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、実家の母にしばらくきてもらうことになった。
    出張中、何度も自宅へ電話をかけ、子供たちの声を聞いた。
    2人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私のほうだった気がする。

    そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。
    “ママとおどろう”だったか、そんなタイトルのプログラムがあり、
    園児と母親が手をつなぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。
    こんなときにそんなプログラムを組むなんて・・・

    「まぁ、行くよ♪」 娘だった。
    息子も笑顔で娘の手をとり、二人は楽しそうに走っていった。
    一瞬、私は訳が分からずに呆然としていた。
    隣に座っていた母がこう言った。

    あなたがこの間、九州へ行っていた時に、
    正樹はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。
    そうしたら、お姉ちゃんは正樹に、
    「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?」
    「本当はパパだってとってもさみしいの、」
    「だけどパパは泣いたりしないでしょ?」
    「それはね、パパが男の子だからなんだよ。まぁも男の子だよね。」
    「だから、だいじょうぶだよね?」
    「お姉ちゃんが、パパとまぁのママになるから。」
    そう言っていたのよ。

    931 :プリンはのみものです。 2013/01/25(金) 20:15:30 ID:3KAN41FU
    事故タヒした嫁さんの幽霊が出て来た事
    それが透けてもなくてごく普通に生きてる人間みたいだった事
    こういう幻覚を数ヶ月も見つつ普通に暮らしてた事
    病院に行ったら見れなくなると思って必タヒで隠してた事

    308: プリンはのみものです。 2017/09/15(金) 14:27:01.77 ID:EvM1qdzF.net
    妹が子供を病気で亡くした。 
    教師をしていた妹はたびたび学校で不意に泣きながら生徒を抱きしめる行為をして教師を退職した。 

    教師を辞めた妹は1日家に籠りタヒんだ子供の遺影を眺め続け 
    同じく教師をしていた旦那さんは一大決心をして、
    親の反対を押し切り妹を連れてド田舎に引っ越す。

    生徒数がわずかに30人足らずの小中同時教育の学校で旦那さんは教師を続ける。 

    妹は心療内科に通いながら全生徒数30人の学校にたまに顔を出し 
    子供と触れ合っていた。 
    旦那さんが校長・保護者に事情を説明し土下座する勢いで頼み許可を貰ったらしい。 
    都会の大きな学校だと人数が多くて説得が大変だと思ったと後に聞いた。 

    これが30年前の話。 今の妹には孫もいる。 

    旦那さんは笑い話にしてるけど妹が旦那を見つめる目は
    数十年経った今でも愛情がタップリ詰まってると感じる。 
    きっと自分が知らない所でも旦那さんは妹に尽くしてきたんだう。 



    私ですか?ええもうすぐ60代になりますが独身です。

    23 :プリンはのみものです。 2018/03/09(金) 22:16:50 ID:g2JxG5B4.net
    娘達(当時中2と小6)が俺を嫌うようになった時。反抗期か~父親が嫌われるのって本当だったのか‥と、軽くしょげてた。ある日晩飯のときに「パパの隣嫌~、あっちで食べてよ~」とリビングの端っこ指さされた。
    さすがに泣きそうになって、押し黙ってたら、
    ガッシャーーン!!!とキッチンから嫁が食器をシンクに叩き落とした。

    そっから嫁の怒号からの説教アンド説教。
    普段ツンデレな嫁が熱く俺の良さを大演説。
    その娘であることに感謝しろ!!と締めくくり、娘たち大号泣。俺への冷たい態度はその日でピッタリ止んだ。
    あんな衝撃的な日は生まれて初めてだった。
    思い出して涙出てきた。文章下手でごめん。
    とにかく嬉しかった思い出。嫁ありがとう。

    154 :プリンはのみものです。 2019/02/28(木) 09:25:19 ID:RbhKnFKU.net
    以前住んでたマンションの隣の部屋にはアラフォーの夫婦が住んでた
    小さくて可愛くて愛想のいい猫を飼ってた
    ある日念願叶って妊娠したとかで、もう少し広い所に引っ越すって出ていったんだ
    んで引っ越し当日の夜に外に出てみると猫、置き去りにされてた
    部屋の前でドアを開けてくれるのをずっと待ってるらしかった
    翌朝出掛ける時にもまだ座ってて、夜帰ってくるとまた座ってた
    嫁に聞くと昼間はどこかへ出掛けてて、夜になるとドアの前でずっと朝まで座ってるらしかった
    そんな事が一ヶ月くらい続いたんだけど、子供が出来たから猫を手離す気持ちは分からんでもない
    でも他に方法は無かったんだろうか

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