いい話

    661: プリンはのみものです。 03/05/11 16:18 ID:NRp1rBK/

    今のセンター試験が共通一次と呼ばれてた昔の話。

    一次試験が終わった後、自己採点結果を代ゼミや駿台といった
    大手予備校に送って志望校の合格可能性を診断してもらおうとしている時のことでした。

    友人の一人が一次の出来がすごく良く、気を良くした彼は
    本人の第一志望よりもやや難易度が高いとされていた所を
    第一志望として出してみようかなどと言っていました。

    そこは実は私の本命だったのですが、彼としては本気でそこを受けるつもりはなく
    (場所も離れているし、二次試験の科目も違っていたため)、
    軽い思いつきのつもりだったと思います。

    するとその話を聞いていた別の友人が
    「そこは定員が40人しかないんだぞ。オマエの冷やかしのせいで
    真剣に受けようと思っているXX(私のこと)の判定が狂ってくるんだからやめとけ」
    と本気で言ってくれました。

    二次試験を間近に控えた受験生という環境にありながら、
    他人のことを思いやれる彼の優しさに感動するとともに、こんな友人を持てたことを誇りに思いました。
    その時になんとなく照れくさく、ありがとうと言えなかったのが心残りです。

    長文&話が分かりにくくてスマソ。

    868 :プリンはのみものです。 2011/02/22(火) 14:57:29 ID:RzBwikko
    接客業やってるんだけど、4年ぐらい前に他の業種やってる友人と酒を飲んだ時、
    「販売員なんて底辺の仕事、俺だったら絶対出来ない。」
    「兎と亀の話知ってるか?お前は社会に出るのが早かったけど、この辺りで大学行った俺と差が出てくる頃だな」
    とドヤ顏で言われ、大喧嘩になった。
    その一件から完全に絶縁状態になちゃったんだけど、
    昨年、ドヤ顏の勤めていた会社が大掛かりなリストラを実施したという話を、他の友人経由で知った。

    278 :プリンはのみものです。 2013/06/16(日) 09:29:31 0
    当時の年齢:弟=二十代半ば、私=二十代後半独身、弟嫁=三十代後半。両親は五十代。

    計画出来婚(二人で画策ではなく結婚する為に弟をハメた)で実家に責任とれと乗り込み、そのまま居座ってなし崩し的に同居してしまった。
    産まれたのが男だったから跡取り産んでやった!とふんぞり返ってたけど、うちは由緒正しいサラリーマン家庭でしかも父は三男だし代々の墓は伯父の家が守ってるし。
    家事はしないでまるっと母に投げる癖に文句だけは常に垂れ流す、育児は綺麗で楽しい所だけやって汚れ仕事や大変だったり嫌われる仕事は母任せ。
    弟には何度も迷惑かけるな、ちゃんと自立しろって言うのにその度に嫁に鳩る馬鹿。そして弟嫁から私に電話がくる。
    「女として半人前なあなたと違って、私は跡取りを産んだ長男嫁様!」
    「同居の大変さも分かってない!」
    「あなたにもう実家はないんだから帰って来るな口出すな」
    「いずれは二世帯にするための二馬力!」
    とご高説を頂いた。
    でも弟嫁、育児の為~とか言って散々高いものばっかり買って散財して貯金なんてしてないどころか両親に集ってるのを知っている。
    生活費も入れてないのに跡取り様に貢げと高価なものばかり要求してる。
    両親にも追い出すかもう家を買い取らせて引っ越せって言ったけど、父が苦労して建てた愛着ある家だから後者は却下、前者は追い出すと孫が一番不幸になるのが目に見えてるからムリだと。
    当時は心配してる自分の気持ちを誰も分かってくれない!と私がキレてしまって、実家と縁を切ると決めて部屋のものを引下げに行ったら弟嫁の部屋になってたばかりか私の荷物は全部処分したんだと。
    小中高の卒業アルバムも卒業証書も、部屋じゃなく物置に合ったはずの子供の頃の思い出の品も、家族のアルバムにある私の写真ですら、とにかく私の物だけ綺麗に実家からなくなってた。
    発狂して暴れて弟嫁の物を片っ端から壊して窓から投げ捨てて、親にどうして止めてくれなかったんだと泣き叫んで絶縁だと言って連絡先も変えて引っ越した。

    159 :プリンはのみものです。 2007/12/29(土) 21:15:08
    流れぶった切りだが言ってみたレポ。
    俺28、嫁27、学年はいっしょ。結婚一年目。

    付き合い開始時代(四年前)のラブい新鮮味が無くなってきて
    更に生活が忙しくて家族感覚が増したせいで
    異性.としての好き感覚を忘れてきたので、イッパツ言ってみた。

    朝飯中にいきなり目を見て
    『なあ、愛してるよ』っつったら、キョトンとして
    『?? 知っとうよ?』って返された。

    何かドラマチックじゃなくてすまん、けど
    当たり前にその気持ちを持っててくれてジーンと来て嬉しかった。
    逆に薄れてたのが申し訳なくなったから手を握って『ごめん、ありがとう』って言った。
    帰ったら夕飯カレー(最大好物、嫁はカレー嫌い)だった(゚∀゚)

    453 :プリンはのみものです。 2016/07/07(木) 04:48:42 ID:qgM
    長文自分語り注意。
    どこに書いていいのかわからんからここに書くけど、もし該当のスレがあるならスマン。

    俺の両親はすごくあたたかい人達だった。
    正直裕福な家庭じゃなかったしどっちかって言うと貧乏だったけど、子供が決して不自由な思いをしないようにって幸せな生活を送らせてくれた。
    俺が15の時にまさかの弟が産まれて、18の時に俺と弟を残して両親二人共交通事故でタヒんでしまった。
    生命保険とかあったけど、残された物はそんなになくて途方に暮れた。どうしようどうしようって情けなく泣いたけど、まだ何もわかってない弟を見てるとこいつの為に頑張るしかないと思った。
    俺は元々高卒で働くことが決まってたから、親戚に助けてもらいながら弟を育てていくことに決めた。
    両親が俺にしてくれたようにって思って頑張ったけど、空回りしたり全然足りてねーなってことばっかで、親ってほんとすごかったんだなって思って、会いてーなーって思って、結構泣いた。
    でも弟はほんと可愛くて、こいつが居るから頑張れるっていうこの気持ちは親が俺に対して思ってくれてたのと同じ気持ちなんかなとか思ってまた泣いて、俺マジ泣いてばっかw

    ハタチくらいの時、俺に好きな人ができた。
    その子は俺の事情を知った上で一緒に居てくれたけど、やっぱ金ないし弟最優先にしちゃうからろくに彼氏らしいことしてやれないだろうし、
    弟が結構気を使ういい子だったから自分が邪魔な存在だとか思わせたくなくて、弟が独り立ちするまでは誰かと付き合うなんて無理だと思ってたから、付き合ってくださいとは言えなかった。あっちも言ってこなかった。
    休みには弟も一緒にスーパー行ったりテーマパーク行ったりとかして、弟には近所の姉ちゃんみたいな感じで接してくれた。

    そんなこんなで俺26、弟11。
    つまりその子もいい歳で、今更すぎるけどいい加減俺以外の男見つけたほうがいいよなって思うようになった。
    可愛くておもしろくて優しくてしっかりしてて、たまにムカつくこと言ってくるけどマジすげーいい女だし、幸せになるしかない女だし、普通に結婚して幸せになってほしいと思った。
    そんなこともっと早くからわかってたのに、付き合いはしないとかセーフな感じにしてずっと甘えてきた自分が最低だと思ったし、
    ほんのちょっとだけ弟のことうっとうしく思ったりしちまったのもすげーきつくて、お父さんおかあさーんとかなって。

    637 :プリンはのみものです。 2003/08/06(水) 22:20:00 ID:VUcbvyji
    ちょっと思い出したので。
    武勇伝ですらない上に、うちの親の話で恐縮なんだが。

    あるとき、バスに乗っていると、降りようとした小学生が
    運転手ともめていたそうだ。
    話を立ち聞きしてみると、お金をちょうどしか持っていない
    のに、間違った路線に乗ってしまって、このままでは家に
    帰れない、と涙目になっていたらしい。

    運転手も融通の利かない奴で、規則だから、の一点張り。
    他の乗客も無視。

    うちの親は、運転手の前に千円札を突き出して、
    「これでバスカードちょうだい」
    というと、その子にカードを渡してバスを降りてきたそうだ。

    その話を後で聞いて、
    「普段は子供はうるさいって言ってたくせにどうしたの?」
    と、笑うと、
    「いや、でも他に誰もいなかったし」
    と、恥ずかしがる親を俺は可愛いと思った(w

    96: プリンはのみものです。 2009/03/26(木) 18:36:09 0
    暴力話も入っています。

    私の夫は、DV夫でした。
    結婚して数週間後にケンカしたら、私は頬っぺたがはれ上がるほど殴られていました。
    夫も、
    「何で手を出したんだろう?」
    と、自分の拳を見て、ボーゼンとしてる感じでした。
    なので、その時たまたまヒートアップして…って思っていましたが
    やはりケンカすると、同じ事が何度かありました。
    結婚して2年、首を〆られた時点で、別れを決意しました。

    しかし、殴るとかそういった行為に及ぶ理由が、少々気にかかりました。
    夫は、そういうのが出来なさそうな温厚なタイプです。
    まあ、温厚な人に限って、怒ったら…っていうのもありそうでしたが。

    「別れようと思う。」
    と告げると、夫は肩をがっくりと落として、テーブルの上に診察券を出しました。
    それは、精神科の診察券。
    「話しづらかったけど、俺も何故手を出してしまうのか、通院している。
    こんな事言うと、病気に逃げてるとか思われてしまうのが嫌だったから言わなかった。
    でも、お前がそう決めたら、そうしよう。今までゴメンな。」
    と、診察券をしまおうとしたので、その手をつかんで
    「一緒に病院いこう!何で黙ってたの!私とアンタの夫婦の問題でしょ!」
    って言うと、夫は涙を流しながら
    「夫婦ってまだ言ってくれるの?ありがとう。」
    と、私の手を握り返しました。

    889 :プリンはのみものです。 2008/02/03(日) 05:24:58
    俺、嫁27

    少し長くなるけど聞いてくれ。
    嫁との初デートの時(お互い大学生だった)に嫁がある店で見つけたネックレスが綺麗だと言っていたんだが、お互いあんまり金持ってなくてその時は買えなかった。
    俺が金曜に仕事帰りで少し寄り道してたら、偶然嫁が欲しがってたネックレスと同じ物が売ってて俺は思わず買ったんだ。
    正直8年前のことなんて嫁は覚えていないだろうと少し見くびりながらも、嫁に渡してみた。


    嫁号泣。俺挙動不審。

    嫁は覚えていたようだ。思わず、「8年前から愛してるよ」と言った。慣れないことを言ったのでかなり赤面した。
    向こうのスレはageてないけど、手はつないで寝ました。

    文才なくてすまん。

    504: プリンはのみものです。 2016/04/13(水) 10:22:43.20 .net
    親も歳なんで40手前で焦って婚活開始 
    しかし俺はただの太ったオッサンでモテ要素は無い 
    まったくうまくいかず、後半は惰性で参加してた 

    俺は飯食いに来てるんだ!と、やさぐれてた 
    消化試合も慣れてきた頃、バイキング形式の婚活パーティーで俺よりも食ってる女がいた

    それが嫁

    ぽっちゃり体型だし、いかにも食いそうで、
    本来は婚活パーティーでモテるはずの20代女性だが、嫁はモテない部類に見えた 
    俺だって平常心なら声をかけないが、そのころの俺は敗戦続きで価値観が崩壊していたと思う 

    俺はなぜかよく食う嫁にライバル心を持ち、量では負けない!と意地になって食った 
    結果、腹が痛くて動けなくなり、消化試合すら途中降板することになりマウンドを降りた 

    会場の外のソファーでぐったりしているとなぜか嫁がパーティーを抜けてきて 
    「そんなにおいしくなかったですね」と声をかけてきた 
    俺は上の空で 
    「以前リゾートホテルでやったやつは美味かった」 
    と返した 
    嫁は「それどこですか!?」と強烈に食いついてきた 
    場所を教えたらその場で調べ始めたが、その会場ではもう開催されないようだった 
    女性は参加費無料から半額程度なのでただの消化試合にせずに本当に上手い飯やただ酒を飲食するために来る女もいるという話は聞いていたが、本物を見たのは初めてだった 

    恐ろしくがっかりしている嫁を見て 
    「普通に旅行に行って食えばいいんじゃないですか?」 とさらっと口をついた 

    なぜか一緒に行くことになり俺が費用は持ったが、嫁が車を出してくれて交通費は嫁持ち 
    モテないと思っていたが、嫁は実はモテモテだった 
    が、マザコン男ばかりが寄ってきて、しかもみんな食が細いとかで嫁のおめがねにはかなわなかったそう 

    今では10近い年上の俺を長生きさせるため!と、徹底した健康管理と食事制限の元、二人とも10キロ以上は痩せた 
    俺はいまだにデブの部類だが、嫁はグラマーになった 
    嫁は職場ではさらにモテるようになったが「食の細い男はダメだ」と今でも言ってる 

    ちなみに長女は4キロ近くの体重で生まれ、
    成長曲線の上限いっぱいの体重で今も成長をし続けている

    493 :プリンはのみものです。 2004/12/12(日) 18:30:29 ID:SAtrbW1A
    もう10年も前の話
    妻が他界して1年がたった頃、当時8歳の娘と3歳の息子がいた。
    妻がいなくなったことをまだ理解できないでいる息子に対して、私はどう接してやればいいのか、父親としての不甲斐なさに悩まされていた。
    実際私も、妻の面影を追う毎日であった。寂しさが家中を包み込んでいるようだった。
    そんな時、私は仕事の都合で家を空けることになり、実家の母にしばらくきてもらうことになった。
    出張中、何度も自宅へ電話をかけ、子供たちの声を聞いた。
    2人を安心させるつもりだったが、心安らぐのは私のほうだった気がする。

    そんな矢先、息子の通っている幼稚園の運動会があった。
    “ママとおどろう”だったか、そんなタイトルのプログラムがあり、
    園児と母親が手をつなぎ、輪になってお遊戯をするような内容だった。
    こんなときにそんなプログラムを組むなんて・・・

    「まぁ、行くよ♪」 娘だった。
    息子も笑顔で娘の手をとり、二人は楽しそうに走っていった。
    一瞬、私は訳が分からずに呆然としていた。
    隣に座っていた母がこう言った。

    あなたがこの間、九州へ行っていた時に、
    正樹はいつものように泣いて、お姉ちゃんを困らせていたのね。
    そうしたら、お姉ちゃんは正樹に、
    「ママはもういなくなっちゃったけど、お姉ちゃんがいるでしょ?」
    「本当はパパだってとってもさみしいの、」
    「だけどパパは泣いたりしないでしょ?」
    「それはね、パパが男の子だからなんだよ。まぁも男の子だよね。」
    「だから、だいじょうぶだよね?」
    「お姉ちゃんが、パパとまぁのママになるから。」
    そう言っていたのよ。